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掲載日:2019年1月10日

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ワークショップ活動の記録「日本画の一局面 -『写生』再考」

「日本画の一局面 -『写生』再考」

  • 日時:2019年7月27日(土曜日)、28日(日曜日) 午前10時~午後4時
  • 場所:創作室2、特別展「平福百穂」展示室
  • 担当:大嶋貴明(当館学芸員)、相澤美保(当館臨時職員)
  • 参加者:1日目14人、2日目13人

1日目 7月27日(土曜日)

10時00分~10時10分 イントロダクション

今回のワークショップでは、「臨画」「写生」「デッサン」の3つの描き方と考え方の違いについて、2日間に分けて体験する。それぞれの違いを体験し、平福百穂展を鑑賞することで、百穂の作品から日本画の見方と描き方を考えると共に、参加者がこれまでの描く行為をどのように行ってきたのかを再認識することが目的。

10時10分~10時45分 「自分が思う写生」を描いてみる

4台の机に各1本ずつ生花(アルストロメリア)を置き、その周りに4名ずつ着席する。普段使っているスケッチ用の画用紙、鉛筆と練り消しを用いて、「自分が思う写生」として描いてみる。描き方などの具体的な指示はしない。

ワークショップの様子1

10時45分~11時40分 自己紹介と「自分が思う写生」の鑑賞

ホワイトボードに描いた絵を並べ、普段どのように写生をしているのか自己紹介し、それぞれが抱く「写生」の考え方が多様であることを共有した。
モチーフにしたアルストロメリアの構造を例に、見たままをすぐに描くのではなく、よく分析してから描くことが写生の基本となることを話した。

ワークショップの様子2 ワークショップの様子3

11時40分~12時00分 2日間のワークショップの流れの確認と、巻芯作り

今回は、自分の表現で描くことを目的としないため、ワークショップ中に指示する描き方で行うことが重要であることを説明した。
午後から体験する「臨画」は、お手本の上に半紙を重ねて写す「上げ写し」の方法で行う。巻き上げるための巻芯を参加者自身に作ってもらった。

ワークショップの様子4

13時00分~13時40分 「臨画」についてのレクチャー

「臨画」は言葉の上では「お手本を側において模写すること」を指す。名画とされる絵をお手本に、筆の動きや構図、モチーフの組み合わせを追体験する伝統的な学習方法として、長らく行われていた。その歴史的背景を整理しつつ、具体的な作品を紹介した。

ワークショップの様子5

13時40分~14時45分 「臨画」実践

臨画を行うための準備として、お手本、半紙(金龍)、筆(面相筆・彩色筆)、墨を準備した。中でも半紙は、お手本の上に重ねて透かす必要があるため、薄い物を用意している。
お手本には、川端玉章《菊に小禽》(制作年不詳)と、李廸《紅白芙蓉図》(1197年)の2種類を用意し、好きな方を選んでもらう。それぞれ筆の運び方や線の太さ、構図などに特徴がある。時間内に全て写すことはできないので、お手本の中でも気になる部分だけを写し取ることとした。
お手本の線を再現していく際に一気に書き進めるのではなく、筆先の動きや太さの変化を意識し、自己流にならないように忠実に写すことが重要であることを説明した。
普段筆を使う機会も少ないためか、参加者は筆に含ませる墨の量の加減や、筆先の力加減、筆の向きなどに戸惑いながらも手を動かしていた。

ワークショップの様子6

14時45分~15時05分 「臨画」鑑賞

午前中に描いた「自分が思う写生」の下に「臨画」を並べて比較した。お手本の有無で、描かれ方の違いがどのように現れてきているのか、引いた線がどのような役割をもっているのか、モチーフを構成する線の相互関係などを意識することで、線や点が形として見えてくる。ただトレースしようとすると、線の整合性が崩れて「写し崩し」になってしまう。線を追うだけではなく、描かれていない余白がどのように空間を作っているのか、構図を客観的に理解することも大切であることを話した。

ワークショップの様子7

15時05分~15時30分 平福百穂についてのレクチャー

「自分が思う写生」と「臨画」を実践した感覚を踏まえ、特別展「平福百穂展」を鑑賞しに行く。その予備知識として、平福百穂がどのような生涯を辿ったのか、人間関係による影響を考慮しながら、作品を数点紹介した。

ワークショップの様子8

15時30分~16時05分 平福百穂展鑑賞

展示室では、百穂が東京美術学校前後に描いた作品を端に、写生やデッサンを学習したのちにどのような作風になっているのかを辿っていった。展示されている中にモデルを元に描かれている作品はあるのか、百穂の作品全般をみて違和感や気になる箇所が沸き起こるのか、意識的に見るように伝えた。

16時05分~16時10分 明日に向けて

参加者が作品を鑑賞した中で、百穂の作品の変化に「違和感」を感じ取ったか、それはどういった違和感なのかを整理し、2日目のワークショップで確認することを伝えて、1日目は終了。

2日目 7月28日(日曜日)

10時10分~10時20分 1日目の振り返りと、平福百穂展を見た感想

1日目に見た百穂作品や日本画全般に対して、参加者が気になったところや違和感を確認する。

普段日本画を見慣れていないという20代の参加者に話を聞いてみる。《アイヌ》(1909年)のように筆で絵の具を塗るような感覚で描かれた作品は、現代の描き方に近いと感じたと話してくれた。その話を受け、百穂は絵の振幅が非常に大きいが、その変化を作り出しているのはなにかについて、今日は実践で確認することを話した。
作品に登場する馬が、立体的と平面的に描かれているものがあることに着目した参加者や、空間の余白の捉え方について疑問を持つ参加者がいた。制作された時代背景を踏まえたときに、西洋画のモチーフや技法が取り入れられた時代と、それ以降に日本画の立ち位置について画家達が模索していた頃に描かれものだということを考えることを話した。西洋と日本では空間に対しての考え方の違いが、今回のワークショップの肝となる部分でもある。

10時20分~10時50分 「写生」について

百穂の作品を見た違和感をより探っていく手がかりとして、「写生」についてレクチャーする。

「写生」の意味は、参加者が1日目で体験したように、過去から現在に至るまで、様々な考え方があった。理解を深めるために時間を遡る形で、大きく分けて3つの転換期(1)明治時代以降の美術教育の変化、(2)江戸時代以降の写生画と画論の発展、博物図譜の流行、(3)中国の画論による影響、についてを紹介した。

ワークショップの様子9

10時50分~12時30分 「写生」を描く

特漉き和紙、普段使っている鉛筆と消しゴムを用いて、モチーフである玉葱を「写生」で描く。描く玉葱は参加者に選んでもらった。

具体的な描き方等の指示は行わなかったが、1日目の「自分が思う写生」で、モチーフ以外の余計なものを描いたと自覚した人は、玉葱だけを描くように指示した。実際に描き始めると、玉葱の輪郭を触ってから描き出す人もいれば、じっくりと観察しながら線を一本一本引き重ねて描く人もいた。

ワークショップの様子10

13時30分~13時50分 「デッサン」を描くための準備とレクチャー

お昼休憩中に、机の配置を変更。モチーフの影が机にうつるように、窓に対して机を斜めに配置し、1台に4名が座る。イーゼル、画板、あらかじめ中心に十字線を引いた画用紙、固さの違う鉛筆5本、練り消しを用意する。鉛筆は芯が長く出るように先端をカッターでそぎ落としておく。モチーフである玉葱は、引き続き1人1個使用する。

デッサンを始める前に、まずはレクチャーをした。
デッサンで重要なのは、視点を固定すること。そのためには、イーゼルは、利き手側に立て、反対側に玉葱がくるように配置する。イーゼルの角度は鉛筆を当てた時に、鉛筆と紙が平行になるぐらい。体は、玉葱に対して正面を向くように座る。視線と玉葱が、紙に対して最小限の平行移動でズレないように意識する。これが整わないと、デッサンを正しく描くことができない。

画用紙に描かれた十字線を頼りに、玉葱と机の平行・垂直関係を把握し、玉葱の大きさを考える。玉葱と影を含めた空間ごと描くには、玉葱の中心が空間全体の中心とは限らない。玉葱が置かれている空間に対して、自分の体がどの位置にどういう方向で向いているのかを意識する。空間の向きを定めたら、玉葱の角度(傾き)と正面・側面・水平面の三面が見えているかを確認する。この三面が描けると、立体が描けることを説明した。

ワークショップの様子11

14時15分~14時50分 「デッサン」の実践

写生と違って、デッサンには描く順序があるため、その指示に従って描き始めた。

  • (1)紙にひかれた垂直・平行線に対して、玉葱が置かれている机の向きと、玉葱がどの位置にどんな角度で置かれているかを2本の十字線で描く。
  • (2)机全体に対しての位置と、玉葱全体の外径、空間の角度(玉葱の頭・根がどう向いているか)のあたり線をつける。
  • (3)玉葱の水平面に対しての一番大きい外径と、小さい外径、中くらいの外径を引いていく。
  • (4)玉葱にあたる光を、まずは大きく2面(明るい面・暗い面)に分けて描く。このとき、机に反射する光、複数の窓から差し込む光と、それに対応する影が複数存在することを意識し、折り重なる影の面を描くことで、細かい明暗をつけていく。

垂直・平行線が頭の中で確認できないといけないが、慣れない人には、スケールを使ってもらった。集中すると、だんだん体の向きが紙あるいは玉葱の方へズレていく参加者がいた。体の向きがぶれると画面の中心もズレてしまうため、姿勢を整えるよう数度声がけをした。
ワークショップの様子12

14時50分~15時20分 「デッサン」の再レクチャー

影の描き方に困惑している参加者、我流になっていく参加者が出てきたので、改めて描き方について話をした。

デッサンで鉛筆の芯を長く出すのは、先端と腹を使うためである。特に光の明暗や濃淡を表す際に使い分けることができる。紙やキャンバスの凹凸を利用し、線が振動して混ざり合って見えるように描くのがコツ。その振動した線がうまいのがパウル・クレーである。
影を描く際に、玉葱の全体の形である楕円状の下半球と上半球とに分けて考える。より影が濃い部分を細かい層に分断化していく。そうすることで光の明暗の具合が、段差的に変化していくので、立体感が出てくる。
デッサンは視点が固定され、主体(描く人)と客体(モチーフ)がハッキリしているので、そこには必ず距離がある。一方で写生は主体と客体が一体化しているため、遠いと感じた所を遠く描き、空気や水面を描く場合には、自分を包み込むように描いている。両者の違いが現れてくる部分である。

ワークショップの様子13

15時20分~15時40分 「自分が思う写生」「写生」「デッサン」の比較

ホワイトボードに、参加者が描いた「自分が思う写生」「写生」「デッサン」を並べて見比べる。
写生は、紙全体が見えなくても成り立ち、真横から描いているようにみえる。それは描く際に空間全体を捨て去って、玉葱そのものと向き合っているため、。デッサンは、視点を決めて描きはじめるので、玉葱と描き手の距離感や角度が明確に現れてくる。紙の余白が影や光の向きを示す三次元空間に見えるかどうかで見方が変わってくる。3枚を見比べることで、モチーフに向ける視点の違いと、そこから生じる余白の意味が明確に表れてきたことを確認する。

ワークショップの様子14

15時40分~16時20分 平福百穂展鑑賞

最後に、もう一度平福百穂展を見に行く。改めて作品を追っていくと、百穂が写生やデッサン、あるいは過去の日本の美術作品をどのように取り入れて描き、それによって生まれる空間がどうなっているのかを意識的に見つけることができた。そうした違いのなかから、作品全体の構成や、部分的に使い分けている箇所、その使い分けによってどのような空間を描いていたのかを考えた。

16時20分~16時30分 おわり

2日間を通して4種類の描き方を経験した。線の引き方一つとっても、全く異なる視点と空間を生み出すことを理解した。描く体験だけではなく、実際に平福百穂の作品を見ることによって、描くことと観ることの双方の視点から、作品の空間表現について確認することができたのではないだろうか。

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