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掲載日:2024年1月23日

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高校生ワークショップ活動の記録「地層を見る/風景の内側を描く

地層を見る/風景の内側を描く

  • 日時:2022年11月12日(土曜日)午前10時~午後4時
    •    2022年11月13日(日曜日)午前10時~午後4時
  • 場所:創作室2、館敷地、牛越橋付近の露頭、澱橋付近の露頭
  • 講師:髙嶋礼詩(地質学者・東北大学学術資源研究公開センター教授)
  • 担当:細萱航平(教育普及部職員)
  • 参加者数:3人

地質学者の髙嶋礼詩氏を講師として招き、高校生を対象として、いつもと異なる目で自然風景を見つめ、イメージを描くことを目的としたワークショップを行いました。

私たちが野外に出掛けたときに見かける何の変哲もない自然風景も、人によっては全く異なるモノを見透かしているのかもしれません。ましてやそこから遥か過去の情報を引き出す地質学者であれば、一体どのような世界を見ているのでしょうか。氏はフィールドワークで観察・採取した試料から地球史を復元する研究を行う傍ら、東北大学総合学術博物館長として、市民や中高生を対象に地質学の知見を伝えることにも取り組んでいます。そこでこのワークショップでは、氏とともに美術館周辺の地層を見に行き、地質学の基本的な知識について確認したり、簡単なフィールドワークを実践したりすることを通じて、見慣れた自然風景から見たことのない世界への想像を広げ、それを表現することに挑戦しました。

1日目 11月12日(土曜日)

講師の紹介をした後、導入として美術館職員から美術館の役割、高島北海という画家、及び表層から内側を見ることの3点について話をしました。

当館には主に個人の価値観が表されるようになった近代以降の作品が集められており、様々な地域、様々な時代の「感じ方」に近づくことができる場所だと言えます。例えば、同じ山を見ていても、地域や時代、さらに人が違えば、それを通じて感じているものは異なります。その一つとして、今回は地質学者の見方を体験してみたいと問題提起しました。
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高島北海(1850~1931)はお雇い外国人から地質学や植物学を修めた人物で、海外留学も経験しています。国内で公職として林業等に携わった後は、52歳から本格的に画家を志しました。そのため、描く風景は地質学的な観察眼に基づいており、彼自身の言葉としても、画家に地質学の初歩を学ぶことを勧めるものがあります。当館収蔵品にも彼の作品が1点あり、地質学のまなざしを持ちながら描かれた絵としてこれを紹介しました。

表層から内側を見ることについては、次のような話をしました。表層から内側を見ることについて、私たちは様々な技術を使ってこれを実現しています。例えば身体の中であればCTスキャン等を利用し、地球であれば地震波等を利用して、間接的に中身を見ようとします。地質学においては、地上に現れた露頭等を観察することで、山や地面の中を推測し、様々なことを明らかにします。ブロンズの人体彫刻に関しても、そのかたちは表層だけで中身は空洞ですが、それを見ることで私たちは質量を感じ、中に骨や筋肉を想像してしまいます。言い換えれば、私たちは表層を見ることで、内側を見るまなざしを持っているのです。説明の後、実際に館敷地内のブロンズ彫刻を見に行くことで、そのことを確かめました。

彫刻を見てきた後は、講師から地質学者が行っていることやそれから生まれる表現についての説明を聞きました。講師の説明によれば、山や崖を見たときに、地質学者が行うのは、そこから長い時間のスケールで変化のない要素を抜き出すことです。表面に繁茂する植物などは、季節や周りの環境で変わってしまいますが、その中の地層の重なりや含まれている化石、成分などは基本的に変化しません。これに着目し、過去に地球上で起こった出来事について推測します。

次に、宮城県内や海外の有名な露頭を例に、画家が描く地層と地質学者が描く地層の違いについて考えました。特に、フランスのノルマンディー地方にあるエトルタの崖を例に、それぞれのまなざしの違いを分析しました。講師は次のように話しました。エトルタの崖は、海から垂直にそそり立つアーチのある断崖として有名で、その風景はギュスターヴ・クールベ(1819~1877)やクロード・モネ(1840~1926)によっても描かれています。写実主義を押し進めたクールベの描いたエトルタの崖は、その存在感が丁寧に描写され、植生や割れ方まで描かれていることがわかります。印象派の画家であるモネの描いたそれは、時間帯によって刻々と変わる崖の表情が注目されており、崖に落ちる光や影が色合いも含めて抒情的に表現されています。

一方、地質学者がこれを見るときは、この崖が何からできており、どのような原因できたのかに注目します。それを観察することで、背景にある地球の営みが分かるためです。近づいてみると、この崖は下から上まで水平の縞模様があることがわかりますが、この模様はクールベとモネの絵にはあまり詳細には描かれません。更に近づいて見てみると、それが白い岩石と黒い岩石の交互に積み重なったものであることがわかります。白いものはチョーク(石灰岩)と呼び、海の中の植物性プランクトンの殻が長い時間をかけて積もったことで固結したものです。一方、黒いものはよく見ると礫状のものが並んでいるもので、これをフリントノジュールと呼び、水晶と同じ二酸化ケイ素が集まってできたモノ、だそうです。二酸化ケイ素は火山灰や溶岩に多く含まれるので、これは火山活動が活発なときにできたものだと考えられるということでした。このようにして、地質学者は崖を見つめ、最後にはこの崖を通して8000万年前の海底の様子を推測するのだ、と話しました。

続いて、このようなまなざしを踏まえて地質学者が描く地層のスケッチについて確認しました。そこでは、表面にある草や土はほぼ省略され、地層の縞模様の厚さや幅を正確に描くことに注意が払われるそうです。また地層の中に含まれている礫や砂、及びその模様、構造などに注目し、それを忠実に描き残そうとするそうです。スケッチ自体は絵として見れば稚拙かもしれませんが、必要な情報を正確に記録し残すという点を重要視しているため、このようになるとのことでした。このような情報を元にすることで、地質学者はその地域の過去の環境を推測、復元し、地質時代の想像図などが描かれるのだと話がありました。

最後に、実際に午後に見に行く地層と、それを見るための基礎知識について簡単に説明を受けました。講師の説明によれば、通常、地層は下から上へ水平に堆積していきますが、それが長い時間のうちに力を受け、傾斜したり褶曲したりすることがあります。宮城県美術館付近の地層は、水平に堆積していますが、奥羽山脈が隆起する力を受けて緩やかに傾斜があるため、下から上を見上げなくても、川沿いを歩くだけで徐々に下から上の地層へと見ていくことができます。このことを元に、1日目午後は牛越橋付近の2地点、2日目午前は澱橋付近の1地点を見に行くこととしました。岩石にも様々な種類がありますが、広瀬川沿いの3地点で見られるのは堆積岩のみであること、礫岩、砂岩、泥岩はその粒の大きさによって分かれていて、その粒の大きさと模様に注目することで過去の環境が推測できるということなどを確認しました。そして、それらを記載する方法として柱状図というスケッチ方法についても説明を聞き、午後に備えました。

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午後はまず、牛越橋北西にあるくじら岩の近くに向かいました。現場では、地層や岩石を実際にハンマーで叩いてみたり、ねじり鎌で露頭を削ったりしながら、発見したものについて講師と参加者で対話を深めました。特にここでは、堆積岩の綺麗な縞模様が観察することができました。そのため、試しにこの縞模様をよく観察し、厚みなどにも留意しながら、柱状図としてスケッチしました。粒径に注目し、講師とともにスケッチしてみることで、この場所の過去の環境について想像を巡らせました。話し合いの中で想像できたのは、この場所がかつては河川で、運ばれた土砂が堆積したのだということでした。
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ある参加者は、ねじり鎌で露頭を削るうちに、最初は茶色に近い色だったものが突然灰色に変わったことに気付きました。これは、露出した地層が酸素に触れることで、その成分である鉄が錆びてしまうために起こる変化で、そのため元々の色は灰色だったとのことでした。また、地層の中に木が入っていることに気付く参加者がいました。これは、地層が堆積した当時の木が入っているもので、特に戦時中の仙台では亜炭として活用されてきた歴史のあるものだとのことでした。河原の石の中には、特徴的な緑の石があることに気付く参加者がいました。これは奥羽山脈の大部分を構成する石で、丸みを帯びている石であることも踏まえると、上流の岩石が流されてきたものだろうと話をしました。この他にも、現場で気付いた様々なものについて、講師と参加者の間で活発に対話が行われました。講師の話を聞くたびに、参加者が驚いている姿が印象的でした。
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次に、牛越橋の南東に位置する露頭に向かいました。この場所は高い崖の下となっているため、万が一に備えて全員ヘルメットを装着して移動しました。この崖の下は、砂や枯葉の積もったやや急な斜面となっていて、歩くのに苦労している参加者もいました。そのため、柱状図のスケッチなどは行わないこととし、実際に目の前にある地層を良く観察することに注力しました。この2地点目では、実際に地質学者がフィールドワークを行う際の振舞いを身体的にも体験することとなりました。
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地層の下部をよく見ると、先の地点で見たものとよく似た地層が発見できました。その上には水平な縞模様の無いのっぺりとした地層が広がっていて、よく見ると縦方向に棒のような模様が見られました。これは、さっきまでは河川があるような陸地だった場所が、やがて海に侵入され、海底になっていく過程を見ている場所だとのことでした。海底になると、様々な生物がその上を歩き回り、地面を掘ったりするため、水平な縞模様ができず、のっぺりとしたマッシブな地層になったり、生物が下向きに掘った巣穴が残ったりするということでした。周りをよく見ると、海底に堆積した葉っぱの化石なども見つかりました。以上2地点を観察した後、美術館に戻り、1日目の活動を終了しました。このときの帰り道でも対岸の地層などを見ることができ、東方向に向かって緩やかに傾いた地層が徐々にその高度を変えていく様子が確認できました。
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2日目 11月13日(日曜日)

この日はまず澱橋の下、当館の直下にある地層を観察しに向かいました。観察できる場所についてすぐ、貝殻が密集した地層があることに気付きました。シェルベッドと呼ばれるこの地層は、海底の強い流れによって、貝が窪地に押し流されて溜まったもので、貝の化石がとれるスポットとしても愛好家にはよく知られた場所とのことでした。実際、この日も、前に別の誰かによって掘られたであろうホタテのかたちをした跡などが確認できました。参加者もハンマーで露頭を叩きながら、貝の化石を観察したり、地層の中に見つけた細かい模様などを観察したりしました。
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この場所は川沿いのため、水平方向に地層が繋がって見えています。そのため、徐々に横方向、川の上流に向かって進んでいくと、先ほどまで見えていたシェルベッドがだんだんと上へと高くなっていく様子がわかりました。そのまま追走していくと、その下にも2枚目、3枚目の新たなシェルベッドが現れました。更によく観察すると、グニャグニャになった地層が見付かり、海底地滑りがあったことを想起したり、横一直線にきれいに並んだ軽石の層を見付けて火山活動を想像したりすることができました。一つ一つの地層の様相から独自に過去の出来事を想像することは難しかったですが、講師との対話の中で、参加者は地層から過去を想像できるということに慣れていった様子でした。午前中の終わりに合わせて美術館に戻りました。

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午後からは、今回の活動を通じてイメージしたことやインスピレーションのあったことを紙に表してみる時間としました。講師と話をする中では、自然科学的な論理性に基づいて推測した過去の風景が多く出てきましたが、それだけでなく、この活動中には様々な発見があり、普段は歩かない崖下を歩いてみたり、膨大な過去の時間に向き合ったりといった印象的な体験も多くありました。このような経験に基づいて、自分なりに想像したイメージや思いついたことのアイデアスケッチを紙に描いてみることとしました。
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美術専攻を希望し、シュールレアリズムに興味があるという参加者は、クロッキーブックに残したアイデアスケッチについて説明してくれました。地層の中に残された貝の巣穴の跡などを見て、魚でも良いのでは、と考えたという参加者は、地層の中を泳ぐ魚の姿をスケッチにしたためました。しかし同時に、科学的に推論することで明らかになっていく過去の風景の話に、想像の余地が残されていないかもしれないと感じたことも説明してくれました。意見を交換する中で、科学的な正しさと自分の想像力の兼ね合いについて考えるとともに、それでも今回のアイデアは講師の話を聞かないと出てこなかった発想だったと考えました。科学的な正しさは想像を制限するものではなくて、また新たな想像のきっかけになるものなのかもしれない、と意見交換を続けました。
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もう1人、美術専攻を希望していた参加者は、パステルを使用し、今回の体験を通じて直面した膨大な時間スケールや、実際に地層を目の前にして感じた静かさ、一方で不動だと思っていた大地が思いのほか動いていたことを知って受けた衝撃などの印象を語り、それを元に1枚の絵を描き上げました。茶色を主体に、山の見える風景を思わせる背景や河川を思わせる曲線が描かれ、その真ん中に青黒く人物像が描かれていました。一つ一つの意匠に意味や物語性を持たせ、その間に介在する人間としての自分を丁寧に描いた絵画は古典絵画のようでもあり、この参加者が2日間で感じ、想像したことをまっすぐに表現していました。
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理系への進学を考えているという参加者は、今回印象に残った地層のイメージや、想像した過去の環境を書き留めるように紙に起こしました。スマートフォンを持っていないと述べたこの参加者は、だからこそ自分の頭の中の記録を映像のように思い起こしたと語り、3つの印象的だった地層を断片的に書き残すとともに、仙台平野の過去の環境の移り変わりをほどいた巻物のような帯状のイメージとして表現しました。普段の活動では研究した内容を発表ポスターにまとめることもあるとのことですが、今回はそのような形式にできるだけとらわれず、想像したかつての環境の変遷を、印象を重視してできるだけ抽象的にまとめたと付け足しました。確かな理解に基づくサイエンスイラストレーションの要素も含みながら、印象をイメージに起こそうとする挑戦心も併存し、拮抗するバランスの上に成り立っているもののように感じられました。
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種明かしの意味合いも含め、最後に講師から仙台平野の変遷と、それぞれの古環境について話を伺いました。かつて仙台平野は海水準の変動によって陸地となったり海に沈んだりしており、そのときの様子が今回見てきた地層に残っていたということでした。

当館職員からは、今回感じることのできた地質学の遠大な時空間スケールを、美術が引き受けることができるだろうかと尋ねてみました。答えはありませんが、ウォルター・デ・マリア(1935~2013)の作品を引き合いに出しつつ、美術はそのようなスケールを想像するきっかけや、想像するための力をあたえることができるかもしれない、と話をしました。
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地質学のまなざしで風景を見つめ、得たイメージを描いてみるという難しい試みでしたが、参加者は自分なりに得た印象を表出することに取り組み、自分なりの考えを言葉にできていました。また、自然科学的な想像力と、芸術的な想像力の違いを考えるきっかけともなりました。難解な部分が多かったと思いますが、参加者にとって、将来いつかふと思い出すような、得難い経験となったようです。

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