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多賀城関連遺跡の発掘調査の最新情報を掲載します。

5月から開始した早風遺跡i地点の第2次調査も、はや2ヶ月あまり経過しました。調査により様々なことが明らかになってきました。

南側に折れ曲がっている高まりは奈良・平安時代の築地塀であることが分かりました。築地塀は改修されており、少なくとも2時期の変遷があります。さらに、新しい築地塀を壊して材木塀が構築されていました。
2条の塀の間は通路となっており、路面は補修し維持されていたことも確認できました。

築地塀や通路の下には、地面を掘り下げた後に土を固く突き固めながら埋め戻す、大規模な地盤改良(掘込地業)が行われていました。

築地塀の南端部とその南側では、今回の調査の目的であった門を発見しました。門は2基みつかりました。いずれも掘立式です。1基は八脚門で、東西3間(推定5.3m)、南北2間(3.5m)の規模と推定されます。もう1基は四脚門で、東西1間(2.8m)、南北2間(推定4.6m)の規模です。八脚門の方が古く、のちにこれを約5m北にずらして四脚門に建て替えられています。
この2つの門は、早風遺跡を含む東山官衙遺跡群の外郭北門と考えられます。奈良・平安時代の行政・軍事の拠点である城柵官衙遺跡において、外郭北門の発見例は希少で、宮城県内では大崎市新田柵跡に続き2例目、東北全体でもほかに4遺跡(計6遺跡)に限られます。
今回の外郭北門などの発見は、早風遺跡を含む東山官衙遺跡群の構造の理解にとって重要なもので、なおかつ城柵官衙遺跡の外郭北辺の具体的様相を考える上でも貴重な成果です。

これらの調査成果について、7月8日に報道機関および埋蔵文化財担当者に向けて公開しました。
本来であれば広くみなさんに成果を公開すべきところですが、現地は山林の中にあり、安全面などから一般公開は断念しました。代わりに、秋ごろ調査成果の報告会を地元の加美町内で開催する予定です。
気温の高い日が続きますが、体調など安全面に十分留意し、残りの調査を実施していきたいと思います。
多賀城跡調査研究所では、多賀城関連遺跡発掘調査事業として、令和6年度から加美町に所在する早風遺跡の調査を実施しています。
加美町には、国の史跡に指定されている東山官衙遺跡(ひがしやまかんがいせき)が所在します。この遺跡は多賀城と同じ奈良~平安時代の役所跡で、8世紀前葉~10世紀前葉まで賀美(かみ)郡を治めていたと考えられています。

早風遺跡は東山官衙遺跡の北~東側に位置し、東山官衙遺跡を大きく囲む土塁状の高まりや堀状のくぼみが延びています。これまでの調査で、これらは8世紀後葉~9世紀初頭頃に造られた土塁や堀で、大規模な防御施設であることが分かっています。
令和7年度に遺跡北側のi地点で発掘調査を行ったところ、築地塀とそれを改修した土塁、堆積土の上層に灰白色火山灰層(平安時代の10世紀前葉に降り積もった火山灰)がみられる堀などを検出しました。周辺の遺跡では、築地塀は官衙の外周や門の近くなど重要な場所に造られており、i地点も重要な場所であった可能性があります。

今年度調査を予定しているのは図2の赤枠部分です。この場所は土塁状の高まりが途切れて開口している部分にあたり、門などの出入口に関わる施設が存在するのではないかと考えられています。調査は、門などの施設の有無やその位置の確認を目的に行います。

発掘調査は5月19日から開始しました。これから暑い季節になりますが、調査員・作業員ともに体調管理と安全に気をつけ調査を行います。

令和7年5月14日~7月28日に、加美町の早風遺跡で発掘調査を実施しました。
7月3日に開催した、報道機関と関係者に向けた現地公開の資料を掲載します。
早風遺跡i地点発掘調査現地公開資料(PDF:2,788KB)
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