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2019年発掘調査情報

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年10月18日更新

〈復興調査について〉

1.基本方針

 東日本大震災から8年が経過し,地域の復興には着実な進展が見られるものの,復興事業は道半ばの状況にあります。宮城県教育委員会としては,復興事業と埋蔵文化財保護を両立し,高台移転や復興道路などの復興事業に伴う発掘調査の円滑・迅速な実施に取り組んでいます。

2.円滑・迅速な発掘調査のための施策

(1)宮城県発掘調査基準の弾力的な運用

 復興事業に限り,遺跡が壊される範囲(平面・深さ)のみを調査対象とします。これにより,盛土施工部分や,下層の調査等を省略することが可能になるため,調査期間の短縮が見込まれます。

(2)調査体制の強化

 宮城県教育委員会では,平成24年度から平成28年度まで他県市から発掘調査専門職員の協力を得て,調査体制の強化を図ってまいりました。平成29年度からは復興事業の進捗状況を踏まえつつ,庁内組織の連携による体制強化を行っています。

【令和元年度の調査体制】

*宮城県職員   文化財課19名,東北歴史博物館1名,多賀城跡調査研究所1名

3.主な復興事業に伴う調査

  1. 復興道路建設事業に伴う調査(三陸沿岸道路建設・県市町道建設)
  2. 沿岸市町復興事業に伴う調査(ほ場整備事業・漁業集落防災機能強化事業等)
  3. 被災した個人住宅,零細・中小企業の再建事業に伴う調査
  4. その他復興事業に伴う調査

〈発掘調査の進捗状況〉 

 令和元年度に宮城県教育委員会が実施した発掘調査と、県内市町に協力をした発掘調査の状況を掲載しています。

A.復興事業に伴う発掘調査

1.小屋館城跡(気仙沼市)

【基本情報】
所在地気仙沼市松崎中瀬
調査原因三陸沿岸道路建設
調査期間令和元年6月3日~6月5日
調査主体宮城県教育委員会
調査担当宮城県教育庁文化財課
調査面積約100平方メートル

【調査概要】

・小屋館城跡は,鎌倉~戦国時代(14~16世紀)に気仙沼地域を治めた熊谷氏が築城したと伝えられている山城跡です。今回の調査は市道の付け替えにともない実施したもので,城を防御するための堀跡の一部が見つかりました。平成28年から継続してきた小屋館城跡の調査は今回で終了となります。

堀跡

〔西側の堀跡〕 後世の耕作などによって削られて浅くなっています。

小屋館城跡・堀跡の断面

〔東側の堀跡〕 断面がV字状をしています。

 

2.山王遺跡(多賀城市)

【基本情報】
所在地多賀城市山王ほか
調査原因多賀城地区土地改良(ほ場整備)事業
調査期間平成31年4月8日~
調査主体多賀城市教育委員会
調査協力宮城県教育委員会
調査面積調査中

【調査概要】

・山王遺跡は,陸奥国府多賀城の南面に形成された古代の都市跡で,その他に弥生時代・古墳時代・中世~近世の遺構や遺物も見つかっています。調査は平成29年度から継続して実施しており,今年度は4月8日から開始しました。調査では東西南北に直線的にはしる道路跡,掘立柱建物跡,竪穴建物跡,井戸跡,水田跡,畑跡などの多賀城下の人々の生活に関わる遺構が,多数の土器などとともに見つかっています。

西4道路調査風景(南東から)

〔西4道路の調査風景〕 多賀城の街並みを形成する直線道路の一つで,両側に側溝が掘られています。

(写真提供:多賀城市教育委員会)

西3道路調査風景

〔西3道路の調査風景〕 ほ場整備の水路や農道にともなう調査のため,細長い調査区を設定しての発掘になります。

(写真提供:多賀城市教育委員会)

遺物出土状況

〔遺物の出土状況〕 土坑を掘り下げたところ,須恵器の甕の一部が見つかりました。

(写真提供:多賀城市教育委員会)

 

3.中沢館跡(石巻市)

【基本情報】
所在地石巻市大原浜字向山
調査原因石巻鮎川線給分浜復興道路事業
調査期間令和元年8月5日~
調査主体石巻市教育委員会
調査協力宮城県教育委員会
調査面積調査中

【調査概要】

・中沢館跡は、牡鹿半島南西部の丘陵上に築かれた中世城館跡です。つくられた時期は不明ですが、戦国大名葛西氏の家臣、中沢氏の居館と推定されています。天正16年(1588)には、館の曲輪(平坦面)内に所在した中沢神明社(現在は丘陵南西斜面に移築されている)に対して、葛西氏の第17代当主晴信が戦勝祈願状を寄せており、このとき神明社を管轄していた中沢左近之丞が当時の館主であったと考えられています。

 今回の調査は東日本大震災に伴う復興道路の整備にあたって実施したものです。曲輪では複数の柱穴を確認しましたが、総じて遺構の残存状況は悪く、館跡はすでに削平を受けているものと推測されます。

中沢館跡・空撮写真

〔遺跡遠景〕 南東から見た中沢館跡と大原湾 (写真提供:石巻市教育委員会)

中沢館跡調査風景

〔調査風景〕 曲輪南側での遺構確認作業。この付近では、柱穴列や中世以降の表土と思われる黒褐色土の堆積を確認しました。 (写真提供:石巻市教育委員会)

 

4.戸花山遺跡

【基本情報】
所在地亘理郡山元町坂元字戸花山
調査原因町道新浜諏訪原線道路改良事業
調査期間令和元年8月19日~
調査主体山元町教育委員会
調査協力宮城県教育委員会
調査面積調査中

【調査概要】

・戸花山遺跡は、平安時代の製鉄関連遺跡と考えられています。これまでに,砂鉄から鉄を作った際に出る不純物(鉄滓)や、炉に空気を送る管(羽口)などが出土しています。

戸花山遺跡調査風景

〔調査風景〕 戸花山遺跡は,平野を望む小高い丘陵上に立地しています。 (写真提供:山元町教育委員会)

炭窯跡

〔炭窯跡〕 鉄作りなどに使うための木炭を生産した窯です。 (写真提供:山元町教育委員会)

 

B.通常事業に伴う発掘調査

1.彦右エ門橋窯跡(大衡村)

【基本情報】
所在地黒川郡大衡村大衡字萱刈場
調査原因国道4号線拡幅工事
調査期間令和元年8月1日~
調査主体宮城県教育委員会
調査協力大衡村教育委員会
調査面積調査中

【調査概要】

・彦右エ門橋窯跡は,奈良時代から平安時代の土器(須恵器)や瓦を焼いた窯跡です。今回の調査では,窯跡は確認されませんでしたが,窯跡の灰原(はいばら:焼成の際に出た灰や燃えかす,失敗した須恵器や瓦を捨てた場所。写真の黒い土の部分)や河川跡を発見しました。また遺物の中には,これまで県北の大崎平野の役所跡や寺院跡の遺跡で見つかっていた瓦も出土しました。今後,灰原の広がりや深さ,捨てられた土器の年代等を確認していきます。

 

令和元年10月11日更新

土師器焼成遺構

〔土師器(はじき)焼成(しょうせい)遺構(いこう)〕土師器(古墳時代から平安時代につくられた素焼きの土器)を焼いた穴です。穴の底面が熱を受けて赤く変色しており,高温になっていたことがうかがえます。中からは,炭や穴の天井を覆っていた土と一緒に土師器の破片が出土しています。それらは、細かい破片になったものと、器の表面が剥離したものがあり、熱を受け過ぎるなどで失敗した製品が残されていたとみられます。

整理作業風景

〔整理作業の様子〕現場での発掘調査と並行して整理作業も行っています。土のついた土器をきれいに洗って注記(出土した遺跡・日時・場所を小さな字で土器に書き入れる作業)をします。窯跡や生産に関わる遺跡では、土器を中心に大量の遺物が出土します。写真はそのごく一部です。

 

令和元年10月8日更新

出土した軒丸瓦

〔出土した瓦〕珠文縁単弁蓮華文軒丸瓦(しゅもんえんたんべんれんげもんのきまるがわら)と呼ばれるもので,屋根の軒先を飾っていた瓦です。これまで,宮城県北部の大崎市・加美町・色麻町にある奈良時代・平安時代の役所跡・寺院跡で出土していました。今回の発掘調査による発見で,彦右エ門橋窯跡で生産されていたことが明らかになり、ここが官窯(国家が管理した窯)であった可能性が高まりました。

河川跡

〔河川跡〕現在の水田の下から、幅20m程の河川跡が見つかりました。窯でつくった製品は、この河川を使って運んだと考えられます。川跡にたまっていた土の中からは,たくさんの土器が出土しています。

 

令和元年8月更新 

彦右エ門橋窯跡の調査前の様子

〔遺跡近景〕 窯跡は田園地帯のなかにあり,丘陵の南斜面で窯跡が確認されています。古代の大衡村周辺は,須恵器や瓦を焼く窯が多くある一大窯業地帯でした。

彦右エ門橋窯跡の調査風景

〔調査風景〕 少数精鋭で,夏の暑さに気をつけながら,毎日作業しています。

彦右エ門橋窯跡の灰原検出状況

〔灰原の発見〕 窯跡を覆う土(田んぼの土など)を重機で慎重にとりのぞくと,灰原(黒い土の部分)が見つかりました。

 

2.作田山館跡(山元町)

【基本情報】
所在地亘理郡山元町山寺
調査原因地域防災がけ崩れ対策工事
調査期間平成31年4月3日~令和元年6月21日
調査主体山元町教育委員会
調査協力宮城県教育委員会
調査面積約800平方メートル

【調査概要】

・作田山館跡は、細長い丘陵の先端に位置する中世の城跡です。詳しい築城年代などはわかっていません。標高25mほどの丘陵頂部を中心に平場が数段めぐり、堀や急斜面(切岸)など防御のための施設を有しています。

作田山館跡近景(北東から)

〔遺跡近景〕 北東から見た作田山館跡。 (写真提供:山元町教育委員会)

作田山館跡堀跡

〔堀切〕 人の背丈よりずっと深い,大規模な堀切が姿を現しました。 (写真提供:山元町教育委員会)

※「堀切」は、平場(曲輪)の周囲にめぐらす通常の堀と違い,尾根や丘陵を分断して敵の侵入を防ぐための堀です。

 

3.清水遺跡(柴田町)

【基本情報】
所在地柴田郡柴田町下名生
調査原因ほ場整備事業
調査期間令和元年5月13日~7月10日
調査主体柴田町教育委員会
調査協力宮城県教育委員会
調査面積約700平方メートル

【調査概要】

・清水遺跡は,ほ場整備事業にともなう平成30年度の調査によって新しく見つかった遺跡です。今回の発掘では,古代~近世の竪穴建物跡・掘立柱建物跡・井戸跡・溝跡・土坑・柱穴が見つかっています。

 

C.重要遺跡確認調査

1.入の沢遺跡(栗原市・国史跡)

【基本情報】
所在地栗原市築館城生野
調査理由重要遺跡確認
調査期間平成31年4月17日~令和元年5月31日
調査主体栗原市教育委員会
調査協力宮城県教育委員会
調査面積約90平方メートル

【調査概要】

・国史跡入の沢遺跡は,古墳時代前期の大規模な集落跡です。過去の調査では,多数の竪穴住居跡が見つかり,銅鏡などの特別な道具も出土しています。今年度は集落の北西側を調査し,大溝跡・材木塀跡・盛土遺構などが見つかっています。

入ノ沢遺跡調査区全景

〔調査区全景〕 北東から見た今年度の調査区。 (提供:栗原市教育委員会)

入の沢遺跡調査の様子

〔調査風景〕 遺構を少しずつ慎重に掘り下げていきます。 (提供:栗原市教育委員会)

古墳時代前期の大溝跡

〔遺構の断面〕 古墳時代前期の大溝跡が見つかりました。 (提供:栗原市教育委員会)

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