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宮城仙南の農業用水利施設と歴史~澄川用水~

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年9月10日更新

「澄川(すみかわ)用水」

澄川用水ができるまで

明治37年9月7日に設立された黒沢尻普通水利組合によって管理されていた黒沢尻用水路は元来,単独で澄川の水を水路で引き濁川の上を掛樋(かけひ)で渡して遠刈田温泉に給水し黒沢尻川水路を経て蔵王町円田の一部を潤したのち,澄川と濁川(にごりがわ)が合流した松川から別に取水された用水と共に藪川(やぶかわ)に注水され,宮・金ヶ瀬・大河原・沼辺の耕地に潅漑されていましたが,濁川の鉱毒水が時々強くなり,被害が発生していました。(参照:澄川用水要図 )

一方,澄川用水は,藪川(やぶかわ)流域と荒川流域の流況の不安定な小河川を水源に利用していた干ばつの常習地帯でした。特に,澄川用水の干ばつ被害は筆舌に表せないほどひどく,その恒久対策として新たな水源を確保するため,澄川用水関係者は大正15年に黒沢尻普通水利組合から澄川の真水を引く同意を取り付け,澄川から取水することになりました。ここに,澄川普通水利組合が大正15年に設立されました。そして,昭和3年~昭和6年にかけて澄川取水口から黒沢尻川用水路及び澄川用水路を経て村田町足立の荒川注水口におよぶ導水路の建設工事が当時の県営澄川用水改良事業で実施され,昭和6年7月20日に澄川用水路の通水が開始され,両用水が一つの用水を共同利用する形態が出来上がりました。

その後,昭和14年には,東北振興電力株式会社(昭和11年10月創設,現在の東北電力(株))による松川発電所計画により遠刈田発電所及び曲竹発電所が設置されることになり,澄川取水堰堤として澄川右岸下流に移されました。新たに秋山沢川にも秋山取水堰堤が増設され,昭和14年の遠刈田発電所建設,昭和16年の曲竹発電所建設後からは,取水した用水を発電用水として利用した後に農業用水として澄川用水及び黒沢尻用水に配水される現在の用水利用形態に変更されました。

以上のとおり,澄川から取水した農業用水を一度,遠刈田発電所で水力発電用に利用し,その後, 疣(いぼ) 岩分水工(昭和16年)にて黒沢尻用水と澄川用水に分水されるようになりました。

いぼ岩分水工
いぼ岩分水工(土木学会選奨土木遺産)

澄川取水堰堤
澄川取水堰堤 

澄川水分工(澄川分水槽)
澄川分水工(澄川分水槽)

用水の70%を澄川用水路,30%を黒沢尻用水路に分けています。
昭和16年(1941年)に東北電力遠刈田発電所新設の際に設置されました。

澄川用水要図

澄川用水要図

澄川用水の計画から完成までの経緯とその後の発展

大正14年(1925年)

水源地の選定と黒沢尻普通水利組合との協定成立

  • 関係町村長,各町村ともに組合創立委員挙げて連合協議会を数十回開催し,
    大正14年に水源地を刈田郡遠刈田の澄川(不動堂下流)及び小当良(こあたら)川と内定しました。
  • 黒沢尻普通水路組合と契約書を取り交わしました。
    「黒沢尻普通水利組合からの要求」
  1. 水源地の石垣費及び水路費,工事は澄川水利組合にて負担すること。
  2. 分水点から黒沢尻用水路修繕費金20,700円を澄川普通水利組合にて負担すること

以上の要求を承諾して協定が結ばれました。

大正15年(1926年)

6月29日
澄川普通水利組合創立総会開催,組合が結成され,県営事業を実施することになりました。

昭和4年(1929年)

1月~県営澄川用水工事は,1月から測量が開始されました。
3月 起工

昭和5年(1930年)

農民の生活救済のため,組合3ヶ町村の人々が工事に従事することが認められ,組合3ヶ町村の人々が工事に従事しました。

昭和6年(1931年)

7月20日
通水式が行われました。
工事を始めて3年で水路が延長されました。総距離約15kmになりました。

昭和9年(1933年)

昭和9年
黒沢尻普通水利組合との間に澄川用水路(共通水路)の維持管理について契約が取り交わされました。

昭和14年(1938年)

3月
電力会社の松川発電(遠刈田,曲竹(まがたけ)発電所)計画が持ち上がり,水利組合と契約しました。

昭和16年(1940年)

電力会社は遠刈田,曲竹発電所の使用水の増加に伴い,契約書を変更しました。
電力会社は用水使用の補償金を出したが,澄川水利組合で,これを辞退し,会社側ではそのかわり,いぼ岩分水工から村田町足立の岩倉にいたる用水路の破損箇所の補修を一切を引き受けることになり,これが現在にいたって継続されています。

昭和27年(1951年)

8月3日
水利組合は柴田郡村田町外二ヶ村澄川土地改良区と名称を変更した。

昭和33年(1957年)

土地改良区と東北電力との間で,契約書の変更がされました。
潅漑期間:5月11日から8月31日までの澄川用水路に対しては,1.08m3/S。
非潅漑期間:9月1日から翌年5月10日まで0.135m3/S。
「東北電力は蔵王町棚村分水槽より下流第二号隧道~円田分水工~山の入り落差工~鎌倉沢逆サイフォンを経て村田町足立岩倉地内左岸水槽に至る用水路の破損箇所を補修する」となっています。

昭和51年(1976年)

春,蔵王連峰濁川上流振子沢付近に強酸性鉱毒水の湧出が発見され
この鉱毒水が松川に流入し,河川水を強酸性にしたため,松川沿いに農作物の減収,魚類の死滅等の被害が発生し,pH2.4と非常に低い酸性の水を潅漑していた水田もあり,水稲の減収・品質の低下が見られました。そのため用水転換ダムとして村田ダムが建設されました。

現在

平成17年現在,振子沢から湧出する鉱毒水の流入は,農作物に影響するほどの程度になっていない。濁川のpHは5.2程度です。 

しかしながら,振子沢から湧出する強酸性鉱毒水の河川への流入については,脅威となっています。

この事業に尽力された人々

  • 手島 伝
  • 柴田郡長
  • 大沼 万兵衛門 
  • 村田村長
  • 村上 勇吉
  • 円田村長
  • 柴崎 庄右エ門
  • 沼辺村長
  • 各町村の多くの人々

澄川用水の完成を記念して村田相山の水道濾過池前に石碑が建立されました。
また,この3首長は寝食を忘れ,一身一家を顧みず宿願を果たすべく努力しました。
それぞれ,その町内村に偉業を称え胸像または彰徳碑が建立されました。

救われた水田

澄川用水の完成により3村2町の水田に潅漑されるようになりました。

  1. 沼辺村 358町9反
  2. 村田町 241町3反
  3. 円田村 229町0反
  4. 金ヶ瀬村 215町4反
  5. 大河原町 189町6反
  6. 宮村  21町1反

(注)町:ha,反:10a=1,000平方メートル

蔵王町円田の圃場整備地区(円田二期地区)
 蔵王町円田の圃場整備地区(円田二期地区)

円田二期地区から望むみやぎ蔵王三十六景
円田二期地区から望むみやぎ蔵王三十六景

円田二期地区は平成16年度,17年度に水稲直播栽培に取り組んでいる地域です。
この地区はみやぎ蔵王三十六景にも選ばれました。
写真は田んぼの水面に蔵王が映し出されています。

(注)みやぎ蔵王三十六景は大河原地方振興事務所でみやぎ蔵王をメインに仙南のすばらしいスポットを多くの方にご応募いただいた中から,平成16年3月に選定しました。

 

 

観光地~周辺の見どころ・よりどころ~情報
観光地名
  • 宮城蔵王えぼしスキー場
    遠刈田温泉から車で10~15分   
  • 宮城蔵王スキー場澄川スノーパーク
    遠刈田温泉から車で20~30分
  • 遠刈田温泉
    東北自動車道白石I.C降りて車で30分
    または東北自動車道村田I.C降りて車で25分
  • みやぎ蔵王こけし館
    遠刈田温泉から車で5~10分
  • ミルクファーム
    東北自動車道白石I.C降りて車で45分
    または東北自動車道村田I.C降りて車で40分
  • ハートランド蔵王
    東北自動車道白石I.C降りて車で40分
    または東北自動車道村田I.C降りて車で35分
  • 鎌倉温泉
    蔵王町の山あいの一軒宿。平沢地区。
    東北自動車道村田I.C降りて車で15分
<地場産品>

  • 蔵王町で幸水,豊水,新高等が生産されています。
  • こけし
    宮城蔵王こけし館,遠刈田温泉から車で5分
  • チーズ
    ハートランド等で販売されています。
  • こんにゃく
    蔵王町で生産されています。
  • 豆腐
    豆腐もいくつかおいしいお店があります。
参考文献・図書
  1. 清く青く限りなく 澄川用水路通水五十周年記念誌 柴田郡村田町外一町澄川土地改良区編
  2. 宮城県土地改良史 宮城県土地改良史編纂委員会(平成6年3月)
  3. 村田町史 通史編 村田町史編纂委員会(1977)
  4. みやぎの土地改良 宮城県 

 清く青く限りなく 澄川用水路通水五十周年記念誌

清く青く限りなく 澄川用水路通水五十周年記念誌  昭和56年7月に発行されました。