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塩釜港・松島港の成り立ち

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年9月10日更新

塩釜港の成り立ち
 平成14年に撮影された海側から撮った塩釜港の写真
塩釜港は、古くは奈良・平安の時代、製塩地として開拓されたことにより始まると伝えられ、藩政時代伊達政宗の水運振興策によって、仙台の外港として港の整備が進められ、四代藩主綱村公の特別保護政策のもとさらなる繁栄をむかえました。
しかし、明治維新後特例の廃止によってにわかに衰微し、港内は小舟の出入も不便な状態になりました。
明治15年、地元の熱烈な要望により塩釜港修築工事が開始され、昭和9年の開港指定を受けるに至り、今日の塩釜港の基礎が形成され、港勢も急速に発展しました。
しかし、戦時中の混乱の結果、航路泊地の埋没、岸壁の沈下等により港湾機能が著しく低下したため、昭和22年から改修工事が行われました。
 平成14年にとった町のほうから撮った塩釜港の写真
昭和26年には重要港湾に指定され、港湾整備計画に基づき、貞山ふ頭1号岸壁(昭和34年完成)、貞山ふ頭2号桟橋(昭和40年完成)、中ふ頭前面桟橋(昭和40年完成)、貞山ふ頭3・4号桟橋(昭和44年完成)と整備が進み、その後、臨港道路、鉄道、上屋等の周辺施設も着々と建設され、港湾機能の充実がはかられました。
東宮地区(七ヶ浜町)においても、桟橋等の港湾施設と臨海企業団地の整備が進められました。
平成元年には、西ふ頭に観光船用浮桟橋が完成し、松島、浦戸諸島への観光機能の拡充がなされました。
現在、塩釜港区では、港湾施設の計画的な維持更新や放置艇対策のための施設整備のほか、塩釜港港奥部における津波・高潮対策や環境整備を、まちづくりと一体となって進めています。
(写真は平成14年撮影)

 

 

松島港の成り立ち
平成9年に撮影された松島港を横から撮った写真
松島港を含む松島湾は、緑の松に覆われた大小260余の島々が浮かび、なだらかな丘陵地帯に囲まれた風光美により、日本三景の一つとして古くからその名を全国に知られてきました。
この地域は、明治35年に県内初の県立自然公園松島に指定され、大正12年には国の特別名勝に指定されました。藩政時代、藩祖伊達政宗公が慶長8年(1603年)仙台(千代)に城府を移し、現在国宝・重要文化財等に指定されている瑞巌寺、五大堂、観瀾亭等の歴史的文化財を当地域残したことが、観光の始まりといわれています。

 平成9年に海側から撮影された松島港の写真
昭和27年の第7回国民体育大会の宮城開催により松島がヨット競技会場となり、ヨットハーバーの建設と航路の浚渫工事が同年から始まり、観光港としての本格的な整備が始まりました。
以後、観光船の係留施設、親水性の人工海浜、高潮対策の護岸・胸壁工事と進めてきました。
日本三景松島を臨む松島港は本県最大の観光港として、景観と親水性の高い港を目指し、今後一層の整備を進める必要があります。
(写真は平成9年撮影)

年表

塩釜港と松島港の年表の表
塩釜港松島港
出来事出来事
奈良時代国府多賀城の製塩地として栄える  
江戸初期藩主伊達家の庇護のもと、仙台の外港として栄える江戸初期藩主伊達家の仙台城府
明治15年塩釜港修築工事起工明治14~17年野蒜港の築港工事、廃港
明治33年三陸沿岸と通商開始明治35年県立自然公園松島の指定
明治43年第2種重要港湾に指定  
大正4年第一期築港工事起工  
大正15年塩釜港務所設置大正12年国の特別名勝松島の指定
昭和8年3,000トン3バース、1,000トン3バースの繋船岸壁、物揚場、航路等の第一期工事完了  
昭和9年横浜税関支署設置  
昭和18年東北海運局設置(平成元年に仙台市移転)昭和27年国民体育大会のヨット競技会場となる
昭和22年運輸省直轄工事開始  
昭和23年第二管区海上保安本部設置、塩釜港長事務所開設  
昭和25年塩釜海上保安部開設  
昭和26年重要港湾の指定を受ける  
昭和34年貞山1号岸壁完成  
昭和40年貞山2号・中ふ頭前面桟橋完成  
昭和44年貞山3・4号桟橋完成昭和48年地方港湾改修事業、高潮対策事業着手
昭和51年東宮桟橋完成(~昭和54年)  
昭和63年西ふ頭桟橋完成(~平成元年)昭和62年海岸環境整備事業着手
平成3年レジャー用小型船舶物揚場完成平成3年浪打浜(人工海浜)一部供用開始(平成6年完成)
平成7年清掃船「シークリーン号」就航  
平成8年塩釜港旅客ターミナル「マリンゲート塩釜」オープン平成9年海岸通り浮桟橋完成
平成13年港名を仙台塩釜港(塩釜港区)に変更、特定重要港湾に昇格平成20年仙随浮桟橋完成