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文化財案内

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年11月9日更新

文化財ってなんですか

 文化財とは、私たちが生活する中で長い年月をかけてつくり伝承してきた遺産であり、具体的には、古い寺や神社、仏像、遺跡、民俗芸能などがこれに当たります。これらは、一度失ったら二度と取り戻すことのできない財産です。私たちには、これらの文化財を尊重し、将来に向かって保存していかなければならない責務が課せられています。国や地方自治体は、文化財の内、特に重要なものを法律・条例で指定することにより、守るよう努めています。
 現在、文化財保護法では文化財を6種に分け、これに文化財保存技術と埋蔵文化財を加えて、8つのカテゴリーにより体系的に保護を行っています。
 宮城県内の国および県指定の文化財については、こちらのページをご覧下さい。ここでは、県内の代表的な文化財について紹介いたします。

有形文化財

 建造物(社寺・古民家等)や絵画・彫刻(仏像等)・工芸品(織物・刀等)・古文書などの美術工芸品のように形のある文化財です。

建造物


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 木造2階建て、素木造、瓦葺屋根の校舎。正面校舎の中央に吹抜式玄関が突出し、その2階は吹抜けのバルコニーとなっている。また両翼校舎の先端には六角形を半分にした形の生徒用出入口が付く。教室の前には、吹抜けで欄干をもつ廊下が付けられており、明治の学校建築の特色を残している。[登米市]

旧登米高等尋常小学校(重要文化財:建造物)


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 仙台藩二代藩主伊達忠宗の世継ぎ光宗の霊屋で、正保4年(1647)に建立された。建物は宝形造、本瓦葺(元銅瓦葺)で、四周に高欄付の縁をめぐらす。東北地方では格式のある方3間霊屋の遺構で、霊屋建築としては宮城県最古の遺例である。[松島町/圓通院]

圓通院霊屋(重要文化財:建造物)


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 慶長12年(1607)伊達政宗によって創建された。石の間造(権現造)の典型で、本殿・石の間・拝殿が一体となっている。
 石の間の格天井には、多数の草花や薬草が描かれている。また、装飾の題材には、天人や摩訶羅等の仏教的なもの、龍や虎などの道教的なもの、猫・蝶・ぼたんの組み合わせの中国風のものなどがみられる。内外とも漆塗・胡粉彩色が施され、彫刻・金具で飾られ、絢爛たる雰囲気をかもしだしており、桃山建築の傑作である。
[仙台市青葉区/大崎八幡宮]

大崎八幡宮(国宝:建造物)

美術工芸品

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 これは、県令が馬車で登庁している様子を油彩によって描いたものである。庁舎に用いた養賢堂の建物は第二次世界大戦で焼失してしまったが、当時のようすがよくわかり。歴史的にも貴重である。絵そのものは、我が国の近代洋画の模索期における異色の傑作といわれる。単純な線を用いて組み立てられ、筆致は稚拙な間もるが、玄関に至るまでの奥行、車、馬、ランプ等、当時の風情とともに名画たるゆえんを示す安定した構図がみられる。[63cm×123.5cm 高橋由一 仙台市/宮城県美術館]

宮城県庁門前図(宮城県指定有形文化財:絵画)


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 曼陀羅は古く壇又は道場と訳され、新訳では輪円具足又は聚集とされた。密教では大日如来を本尊とし、金剛界曼陀羅は大日の智慧の面から世界観を図示したもので、九会曼陀羅と呼ぶ。胎蔵界曼陀羅は大日の理の面で、胎蔵から発生した諸仏諸尊を図縮したものである。「至徳2年(北朝年号1385)表具」と軸内に記されており、その後文亀2年(1502)、享保19年(1734)に修理表具されている。(157.9cm×129.7cm南北朝時代)[柴田町/大光院]

絹本着色両界曼陀羅図より金剛界曼陀羅図(宮城県有形文化財:絵画)


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 「横山不動」の名で当地方で広く信仰を集めている。一般に丈六といわれる巨像あり、平安時代に遡る数少ない不動明王の大作として貴重である。この仏像は、四材をはぎ合わせた構造で、部材の改変は少なく、両手指のほとんどまで製作当時の様相をとどめており、右手に持つ宝剣も当初のものとみられる点でも貴重である。[カツラ材寄木造、像高275cm、平安時代 登米市/大徳寺]

木造不動明王坐像(重要文化財:彫刻)


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 里浜貝塚は、日本三景として名高い松島湾の北部、宮戸島に所在する縄文時代晩期の貝塚で、島の北部、標高5~30mの範囲に9箇所の地点あるいは斜面貝塚が群在している。
 遺物は、骨角牙製品293点と貝製品91点を中心に、石器・石製品168点、土器・土製品38点で構成される。とりわけ、本件を特徴づけるのは、豊富な骨角牙製品の存在である。骨角牙製品は釣針・銛頭・鏃・やす等の・漁撈・狩猟具と、髪飾・管玉・平玉・垂飾等の装身具に見るべきものが多い。[多賀城市/東北歴史博物館]

宮城県里浜貝塚出土品(重要文化財:考古資料)

無形文化財

歌舞伎、能楽等の伝統的芸能や日本刀鍛錬技術、染織等の工芸技術などの人間の「わざ」そのもの。


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 仙台平とは江戸時代中期以降これを珍重した江戸、上方でよんだもので、仙台で織られた絹の袴地のことである。仙台では明治以降精好ともいわれた。武士の着用する袴地であったため、危急の際は、足の動きが自由になるように縦に裂けるよう織ったなとどいわれている。立居振舞の際は裾が自然に下がる風合を出す。
 染色は植物染料を用い、渋く味わいは深い。色褪せせず、光沢に深みがある。衣ずれの音がし、しわになることが少なく、丈夫で上品である。機械織りの達し得ない手作りの境地であり、袴では最高級品である。[仙台市太白区/保持者:甲田綏郎]

精好仙台平(重要無形文化財:工芸技術)

民俗文化財

無形民俗文化財

神楽、田植踊等の民俗芸能や、職人の技等の民俗技術、年中行事等の風俗慣習など、人々の生活の推移を示す無形のわざ

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 伝来時期等は不明であるが、「鞨鼓田植」の系派の数少ない田植踊で、技芸も優れており、装束や芸態には地域の特色を持つ古来の芸風を継承保持している。また、県内の田植踊が、本来の正月に踊られることがなくなっているなかで、廿一田植踊だけが正月行事として集落を巡っている点も極めて貴重である。[気仙沼市/廿一田植踊保存会]

廿一田植踊(宮城県指定無形民俗文化財:民俗芸能)


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 宮崎町柳沢集落に残る「焼け八幡」は1月14日午後から15日早朝にかけて行われる小正月行事である。
 行事はまず14日の夕方に八幡神社の前に12束の藁を束ねて造られた「トウロウ」に火をつけてその年の月々の天候を占い、15日の早朝には若者達が集落の家々を訪れて嫁や女性の顔に竈墨を塗りつけて神の加護を願った後、八幡神社の前で笹竹と藁で作った「オユヤ」(御小屋)を勢いよく燃やして当年の作柄を占う。
 開始時期は不明であるが、正月の神を迎えるとともに、火難除け、五穀豊穣、家内安全を祈願する貴重な行事である。[加美町/柳沢若者講]

柳沢の焼け八幡(宮城県指定無形民俗文化財:風俗慣習)


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 鳴瀬町宮戸の月浜地区に古くから伝わる小正月の鳥追行事である。1月11日から16日までの6日間、月浜地区に在住する小学2年生から中学2年生までの男子が五十鈴神社の参道のわきに造られた岩屋に集まり、お籠りをし寝食を共にし精進料理を食べながら鳥追の行事を行う。14日の晩には、神木(松の木)を持ち、月浜地区の各戸で鳥追の厄払いをして歩く。[東松島市/えんずのわり保存会]

月浜のえんずのわり(重要無形民俗文化財:風俗慣習)

有形民俗文化財

人々の生活・信仰・年中行事等に用いられる衣服、工具、漁具などをいい、人々の生活の移り変わりを教えてくれるもの。


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 カマガミサマ、カマズンツァン、カマノカミサマ、カマオトコなとど呼ばれる土製や木製の面である。多くは憤怒の形相をかたどり、台所の柱や竈の上などに、出入口や外を睨むようにして飾る。この風習は、宮城県から岩手県南部にかけて広くみられ、一般に、火難よけ、魔除け、家内繁盛のためといわれている。現在この風習は廃れ、僅かに古い民家に残存しているのみである。
[多賀城市/東北歴史博物館]

カマ神(宮城県指定有形民俗文化財)

記 念 物

 記念物は、土地に関わる文化財の総称です。大きく、貝塚、古墳、都城跡、城跡、旧宅等の遺跡を指す「史跡」、庭園、橋梁、峡谷、海浜、山岳等の名勝地を指す「名勝」、カモシカ等の動物、イチョウ等の植物、化石等の地質鉱物を指す「天然記念物」に分類されています。

 

 


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 伊達家の一門岩出山1万5千石の領主伊達家の学問所で、元禄4年(1691)三代敏親の時、二の丸仮居館の旧建物を用いて家中の子弟を就学させた。初め春学館と称したが、翌5年現在の地に移して有備館と名付けた。平屋建で、屋根は四注造の茅葺、二方折廻縁をもつ。建物の南から東は庭園に面し、座敷から庭園が一望できる。庭園は屋山を背景とし、大名庭園型の池を中心に周囲500m余りの廻遊式庭園で、建物とよく調和した宮城県内希に見る名園である。この庭園は称徳5年(1715)四代村泰の時代に整備されたもので、仙台の茶人清水道竿の作と伝えられる。[大崎市]

旧有備館及び庭園(史跡及び名勝)


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 瑞巌寺本堂前庭中門より入り右側に紅梅、左側に白梅の二本がある。この梅は伊達政宗が朝鮮から持ち帰り、慶長一四年(1609)の瑞巌寺上棟の祝に植えさせたものの後継と伝えられる。高さは紅梅が8m、白梅が6mで、いずれも4月中旬から下旬にかけて八重咲きの花が開花し、紅梅は華麗、白梅は清楚で馥郁たる薫香を放つ。[松島町/瑞巌寺]

瑞巌寺の臥竜梅(宮城県指定天然記念物:植物)

文化財の保存技術

文化財を保存していく上で欠くことのできない伝統的な技術です。

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石盤葺(せきばんぶき)は、薄く割った粘板岩(玄昌石)の板を屋根に葺く技術で、明治時代の後半から大正時代にかけて洋風建築の屋根葺き材として積極的に採用され、スレート葺とも呼ばれる。石材の品質と性状を吟味し、それを見極めて石盤を加工したうえで、棟際(むねぎわ)や谷部分などでは雨仕舞(あまじまい)よく屋根を葺き上げることが重要で、そのためには高度な熟練を要する。
 近年のスレート葺工事では、工場製品である石綿スレートや樹脂スレートを用いることが一般的であるため、本来の石盤葺における熟練技能者がほとんどいない。[石巻市/保持者:佐々木信平]

石盤葺(選定保存技術)

埋蔵文化財

地下に埋もれている文化財(遺跡)のことです。詳しくは詳しくは埋蔵文化財のページを参照ください。

 


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[遠田郡涌谷町]史跡長根貝塚の出土遺物