みやぎゆかりの人々
明治時代以降を中心にさまざまな分野で活躍した、宮城県にゆかりのある人々をご紹介します。
青木 存義
(あおき ながよし)
松島町
1879年(明治12年)-1935年(昭和10年)
教育者
今も歌われる『どんぐりころころ』(梁田貞作曲)を作詞した。東京音楽学校教授、旧制新潟高等学校校長も務めた。

写真:「どんぐりころころ」歌碑(松島町)
岩崎 卓爾
(いわさき たくじ)
仙台市
1869年(明治2年)-1937年(昭和12年)
気象観測技術者
石垣島において気象観測を通じ台風の研究を行った。一方で、生物、民俗、歴史に関する調査を行い、八重山研究の基礎を築いた。

写真:岩崎卓爾像と石垣島地方気象台
(石垣島地方気象台ホームページより)
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小野 さつき
(おの さつき)
蔵王町
1901年(明治34年)-1922年(大正11年)
教育者
刈田郡宮尋常高等小学校(現在の蔵王町立宮小学校)の訓導。白石川の深みにはまり溺れた児童を救助しようとして殉職した。

写真:「小野訓導殉職地」碑(蔵王町)
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後藤 桃水
(ごとう とうすい)
東松島市大塚
1880年(明治13年)-1960年(昭和35年)
民謡研究家
各地に伝わる唄を掘り起こし「東北民謡育ての親」とも称される。「野蒜甚句」などを作曲したほか、多くの唄い手を育てた。

写真:後藤桃水胸像(東松島市)
佐藤 忠良
(さとう ちゅうりょう)
大和町
1912年(明治45年)-2011年(平成23年)
彫刻家
自らを職人と呼んで彫刻の技をみがき、人間愛、自然愛にあふれた多くの作品を制作した。子どもたちの感性を豊かに育むための美術教育にも力を注いだ。

写真:佐藤忠良(宮城県美術館提供)
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白鳥 省吾
(しろとり せいご)
栗原市築館
1890年(明治23年)-1973年(昭和48年)
詩人
大正・昭和期の民衆詩派を代表する詩人。口語自由詩のほか、ホイットマンの翻訳や多くの校歌・民謡の作詞でも知られる。

写真:『宮城県名士宝鑑』宮城県名士宝鑑発刊事務所、1940(国立国会図書館デジタルコレクション)より
園部 秀雄
(そのべ ひでお)
大崎市岩出山
1870年(明治3年)-1963年(昭和38年)
武道家・直心影流薙刀術第15代
生涯で敗北した試合は1回のみともいわれる。
東京の女学校や道場で、薙刀の指導を通して心を磨く教育を目指した。幼名は「たりた」。

写真:園部秀雄顕彰碑(大崎市岩出山)
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谷風 梶之助
(たにかぜ かじのすけ)
仙台市
1750年(寛延3年)-1795年(寛政7年)
力士
第4代横綱。圧倒的な強さで江戸相撲の黄金時代を築き、後世には実質的な初代横綱とも評価される名力士。

写真:谷風梶之助等身像(仙台市青葉区)
千葉 あやの
(ちば あやの)
栗原市栗駒
1889年(明治22年)-1980年(昭和55年)
「正藍染」伝承者
藍を栽培し、自然の温度で発酵させて染める「正藍染」の伝承者として、重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定された。

写真:正藍染(千葉よしの(千葉あやのの長女)によるもの)
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千葉 卓三郎
(ちば たくさぶろう)
栗原市志波姫
1852年(嘉永5年)-1883年(明治16年)
教育者、自由民権運動家、五日市憲法の起草者
西多摩郡五日市町(現・東京都あきる野市)で教壇に立つ傍ら、自由民権運動に参加し、憲法草案の起草という偉業を成し遂げた。

写真:千葉卓三郎出生の地 志波姫タクロン公園
(栗原市志波姫)
中島 鋭治
(なかじま えいじ)
仙台市
1858年(安政5年)-1925年(大正14年)
土木技術者、工学博士
駒沢給水塔(東京都世田谷区)の設計者。東宮御所の水道施設をはじめ日本や旧満洲の多くの近代水道施設を手がけた。

写真:小川一真編『東京帝国大学』小川写真製版所、1900(国立国会図書館デジタルコレクション)より
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二階堂 トクヨ
(にかいどう とくよ)
大崎市三本木
1880年(明治13年)-1941年(昭和16年)
体育指導者・教育者
日本初の女子オリンピック選手である人見絹枝のほか、8名のオリンピック選手を育てた。

写真:二階堂トクヨ住居跡(大崎市三本木)
原 阿佐緒
(はら あさお)
大和町
1888年(明治21年)-1969年(昭和44年)
歌人
明治から昭和期に活躍した歌人。叙情性豊かな短歌を詠み、『涙痕』『白木槿』などの歌集を残した。

写真:生家を修復・一部改築した原阿佐緒記念館(大和町)
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布施 辰治
(ふせ たつじ)
石巻市
1880年(明治13年)-1953年(昭和28年)
弁護士、社会活動家
人権擁護に尽力した弁護士。植民地統治下の朝鮮で多くの独立運動家を弁護し、日本人として初めて韓国建国勲章を受章した。

写真:布施辰治顕彰碑(石巻市)
宮城 新昌
(みやぎ しんしょう)
石巻市
1884年(明治17年)-1967年(昭和42年)
水産事業家
牡蠣の「垂下式養殖」を考案し、石巻市等で実用化した。牡蠣養殖の普及や種がきの輸出等に力を尽くした。

写真:宮城新昌顕彰碑(石巻市)
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谷津 はつね
(やつ はつね)
丸森町
1907(明治40年)-1996年(平成8年)
助産師
仙台で医学や看護学を学んだ後故郷の耕野村に戻り、37年間にわたり助産師をつとめ山間地域の医療と福祉に貢献した。

一刻も早く駆け付けるため、当時大変珍しかった婦人用自転車を使っていた(写真はイメージです)
吉野 作造
(よしの さくぞう)
大崎市古川
1878年(明治11年)-1933年(昭和8年)
政治学者、思想家
民本主義を提唱して普通選挙や政党政治の実現を訴え、大正デモクラシーを理論面から支えるとともに、明治文化研究にも貢献した。

写真:国立国会図書館「近代日本人の肖像」
(https://www.ndl.go.jp/portrait/)より
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