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宮城県知事記者会見(平成25年9月30日)

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年10月1日更新

知事定例記者会見

震災復興に関するポスター作成について

村井知事

  このたび、震災復興に関するポスターを作成いたしました。
 このポスターは「東日本大震災の風化防止」や「全国からいただいているご支援に対する感謝の気持ちの発信」、「被災地への中長期的な支援の必要性に対する幅広いご理解をいただくこと」などを目的として作成いたしました。
 今回作成したポスターはこちらの2種類でございます。一つは、石巻市の「石巻市魚市場」を舞台に水産業の復興に取り組む市場関係者の皆さんに、もう一つは、山元町の「災害公営住宅」を舞台に入居者の皆さんにご協力をいただいて、撮影をいたしました。
 ポスターは順次全国の都道府県・市町村などの自治体や復興庁をはじめとした国の各省庁等に配布するほか、全国のJR主要駅など、県外を中心に掲示することとしております。
 今年度事業としては、来年2月ごろにも第二弾として、さらに2種類を追加して作成する予定としております。

 全国の自治体ということだが、例えば職員の応援派遣をいただいているところとかに重点的に配布するということはあるか。

村井知事

 そうですね。枚数に限りがありますから、全国の応援いただいているところ(自治体)にまず始めにしっかりとお配りした上で、全体のバランスを見ながら配布をするようにしたいと思っております。

知事選挙及び2期目4年間の総括について

 知事選前の最後の記者会見だが、4年間を振り返って、県政の総括をしてほしい。

村井知事

 この4年間を総括する意味で、やはり東日本大震災を節目に、その前と後で(所感が)変わってくると思います。前半の1年半は、1期目にやっておりました各種施策が実を結んで少しずつ花開くといったような手応えを感じておりました。これが、震災によって全ていったんリセットされてしまったということでございます。その後、2年半かけて、復興計画を立て、政府からいろいろな財源、また、いろいろな特区、規制緩和といったようなものを実現していただいて、復興に向けて暗いトンネルから明かりが見えるような段階までやっと持ってくることができたのではないかというふうに思っております。
 これからは、(復興の)スピードを上げることが非常に大切でございますので、3期目に何としても当選をいたしまして、自分、職員、また県内外のいろいろな方からお知恵をいただいて作った復興計画を、何としても1日でも早く実現できるようにしてまいりたいと思っております。

 今回、連合(日本労働組合総連合会宮城県連合会)にも支援を求めるなど、さらなる強固な地盤を固めて県政に臨みたいという意思の表れかと思うが、今後成し遂げなくてはいけないというような知事の最も思い入れのある施策を挙げるとしたら何か。

村井知事

 これについては、特に「選挙だから目新しいものを」ということはございません。道州制の実現であったり、あるいは広域防災拠点の整備であったり、農業の大規模化・集約化や、水産特区が始まりましたので、これがしっかりと軌道に乗るようにお手伝いをするだとか、今までやってきたことをしっかりと確実に前に進めたいという思いがあります。従って、特段「これが思い入れの強いものだ」というものはありません。

 かねてからネット選挙の活用について何度か伺っているが、あらためて今回の選挙戦でネットの活用についてどう考えるか。

村井知事

 私自身はホームページを立ち上げまして、そこにマニフェスト(選挙公約)を載せ、一日やったようなことであったり、あるいは次の日の予定といったようなものをできるだけ載せたいと思っております。私の選挙スタッフがフェイスブックを作って、選挙期間中のみになりますけれども、フェイスブックを更新し、私の情報というものをなるべく載せようと考えています。
 また、みんなの党の林(宙紀)代議士がインターネット放送をやっておられますので、そういったようなものへの出演もさせていただくように今調整をしているということでございます。

 知事もインターネット放送の効果、役割は評価しているということか。

村井知事

 あまり私は(インターネット放送に)詳しくないのですけれども、若い世代の方たちは、そういったようなものをご覧になる方もおられると聞いておりますので、選挙ですから、使えるツールはできるだけ使いたいということであります。残念ながら、私はそういったノウハウがありませんから、林さんのノウハウを使わせていただくということでございます。

 冒頭の思い入れの部分に関連して、被災者の生活再建に関わる部分においての国の仕組みや県で準備している枠組みは、知事の認識では今どの程度達成されているか。

村井知事

 細かいことを言うと、土地の買い上げ等にまだいろいろな制約があって、(復興事業の)用地買収が思ったより進まないといったような問題もありますけれども、全体としては国の支援の形というのは順調にいっているものというふうに思います。財源についても、法人税増税(復興特別法人税)を早く打ち切るということがあったとしても、「(復興予算の)総枠としては確保する」と言ってくれておりますので、財源についても今のところは特に大きな問題は生じていないというふうに思っております。

 (復興の)段階によって必要なものが違ってくるとは思うが、今の段階においてはかなりの程度十分な支援措置の枠ができているという認識か。

村井知事

 そうですね。言い出したらきりがありませんけれども。全体としては評価をしていいのではないかと思います。
 先ほどの「特に思い入れが強い」といった質問があって、「これはというのはありません」という話をしましたが、当然、一番やるべきことは、当たり前ですけれども被災者の皆さんの生活再建であり、雇用の確保ですね。これは当然最優先であります。ただ、これは宮城県の問題というよりも、岩手県も福島県も青森県も全て被災県に共通するものでありますので、それ以外の「宮城県オリジナルのもので特に思い入れが強いもの」ということになれば、先ほど言ったようなものが挙げられるのではないかと考えているということであります。

 知事にとって震災というものはどういう出来事であったか、政治家として語ってほしい。

村井知事

 私にとって震災対応は天命だというふうに受け止めております。震災直後は「なぜ自分(が知事)のときに、こんな大きな震災が(起こるのか)」というふうに天を恨んだこともあったのですけれども、しかし、「こういう時期に自分が知事をやっているというのは、逆に天から『君に任せた』ということで選ばれたのだという思いを持とう」と決めました。私にとって、この震災というのは、私に与えられた宿命であるというふうに捉えております。

 震災前と後ではがらっと変わったと言っていたが、望んでいる政治の方向性、ビジョン(構想)のようなものは大きく変わったか。

村井知事

 いえ、それは変わっておりません。私は、ずっと一貫して宮城の将来ビジョンに掲げた「『富県宮城』を実現して、豊かな県土を作って、それによって生み出される富の循環によって理想とする福祉や教育や環境といったようなものをインフラ整備していくのだ」ということには変わりはありません。ただ、今まではそこにだけ集中できたのですけれども、やはり今は優先順位としては震災対応、復旧・復興ということを最優先にしながら、しかし、目指しているものは変わっていないということであります。
 従って、単に元に戻す復旧ではなくて、再構築をし、創造的な復興をすることによって、震災がなければやれなかったことにも果敢にチャレンジし、結果としては私の目指す「富県宮城」というものがより良い形になるようにしていきたいと思っております。従って、今は二つ、「復旧・復興」というものと「富県宮城を目指す」といったようなものを合わせてずっと前に進めているということです。

ILC(国際リニアコライダー)の誘致について

 文部科学省の審議依頼を受けていた日本学術会議が、正式に「時期尚早」とする結果をまとめて文部科学省に提出した。まず、これについて知事の受け止めを伺う。

村井知事

 これは以前から言われておりましたし、研究者グループの皆さんからも「ここで(この時期に)すぐ国がILCに向けてゴーサインを出すとは思っていない」と聞いておりましたから、このような形になるだろうというふうには思っておりました。しかし、「時期尚早だからやらない」ということでは決してないということです。「日本の中で一番北上山地が良いだろう」と研究者の皆さんが判断したということもありますので、(この判断を踏まえて)これから「この地球上の中でどこが良いのか」ということを各国とよく調整をし、また、「予算をどこが持つのか」、「どれぐらいの配分で持つのか」というようなことも調整をしていかなければなりませんから、タイミングとしてはまだ早いだろうと私も思います。

 場所の選定について、先週、下村博文文部科学大臣が「研究者グループが北上山地としたことが、必ずしも最終決定ではない」という趣旨のことを発言しているが、これに関してはどうか。

村井知事

 これも最初から東北、岩手ありきだということではないと思います。最終的には、政治が決定することだと私は思っていますので、一番有利な場所であるという思いは変わりがありませんけれども、最終決定というのはまだだろうと思っております。

 政治が決定するとなると、安倍晋三総理大臣が山口県、麻生太郎副総理大臣が福岡県を選挙区としており、どちらもいわゆる九州経済圏ということもあって、かねてからそういう政治的な動きはどうなのかという話もあったが、これに関して宮城県の知事として発言をお願いしたい。

村井知事

 決めるときに誰がどのポジションにおられるかというのは分かりませんし、こういったようなものはやはり客観的に判断をしていかなければならないと思います。その客観的な判断をするのは専門家の方たちがなさるべきだと思いますので、そういった意味では、研究者の皆さんが「岩手が一番良い」とおっしゃったということは非常に大きいと思います。
 しかし、何度も言うように、最終的に決めるのは研究者の皆さんではなくて、やはり政府であります。政治家というよりも政府が決定いたしますので、そのときの政府が「どこが良いのか」、「どれだけ国が財政負担をすればいいのか」ということを判断なさるのではないかと思います。

医学部の新設について

 先週の段階で、東北への医学部の新設について政府や自民党で前向きな動きが出てきている。これに関して所感を伺う。

村井知事

 政府のほうに確認しましたけれども、「まだ何も決まっていない」という回答でございました。新聞記事も読ませていただきましたけれども、決定したというような書き方はしておりません。宮城が有力であると(いうことでした)。また、自民党の(東日本大震災)復興加速化本部のほうで決めたということでございますので、これがどれだけ政府に影響を与えるのかということも今のところ分かりません。しかし、これも報道によりますと、国家戦略特区の中で、他の県が医療に関して国際競争力をつけるという意味からも特区を提案しておりまして、それについて文部科学省も厚生労働省も比較的前向きな回答をしているようでございます。私としては、東北に医学部を1カ所(新設する)というのは難しいことではないのではないかという受け止めはしております。

 例えば宮城県に新設させるための動きは何か考えているか。

村井知事

 これは政府要望の中にも入れておりますので、以前から宮城県は積極的に行動していたというのは間違いございません。これはもう記録として残っております。従って、医学部を作るということについては、県として引き続き活動していかなければならないと思っておりますが、ずっと言っておりますのは「宮城県に医学部を」というのではなくて、「東北に医学部を作るべきだ」と(いうことです)。しかも、「宮城県の医師不足のために」ではなくて、「東北の自治体病院の医師不足の解消のためにそういった医学部を作るべきだ」という主張をしておりますので、これについてはそういう言い方で引き続き行動を起こしていきたいと思っています。

 宮城県だけでなく東北六県で具体的に連携していくことは現在考えているか。それとも、今後こうしていきたいという構想のようなものがあるのか。

村井知事

 東北で一つにまとまるというのはなかなか難しいと思います。それぞれ地域事情がございますので、簡単にはまとまらないと思っております。まずは宮城県が言い出しっぺでございますので、いろいろ政府と調整をしながら、その上で、各県と調整が必要だということになれば、あらためて調整をさせていただこうと思います。

 現段階では具体的なアクションはまだということか。

村井知事

 はい。

大阪府堺市長選挙の結果及び道州制について

 堺市長選の結果の国政への影響をどのように受け止めたか。

村井知事

 大阪維新の会の足元の堺市で、維新の会がずっと主張しておられます一番核となる政策の「(大阪)都構想」が真っ向から争点になって、その選挙結果が「堺市民は(大阪都構想に対して)ノー」ということになったということでございます。そういう意味からも、維新の会の影響力の低下というのは、やはり否めないのではないかというふうに思います。あくまでも大阪府の中の問題でございますので、結果的にこれが国政に対してどういう影響を及ぼすのかはまだ分かりません。
 私は、橋下(徹 大阪市長)さんと一緒に道州制(推進知事・指定都市市長連合)の共同代表をやっておりますので、道州制に関しては同じ志を持ってやっております。ぜひ橋下さんには、都構想の議論だけに終始するのではなくて、道州制ということについては引き続き力強いリーダーシップを発揮していただきたいと思います。

 橋下さんとはやりとりはしたか。

村井知事

 今のところはないです。堺市長選挙で大変お忙しかったということもあり、また、私も知事選挙があります。知事選挙が終わって、そして臨時国会あるいは通常国会にこの道州制の法案がどのような形で出ていくのかということも見据えながら、(道州制推進知事・指定都市市長)連合としてアクションを起こす方向性を決めたいと思っています。そのときには、当然橋下さんとも連絡を取り合うことになると思います。

 「大阪都構想は、道州制実現のための第一歩だ」という位置付けを維新の会もおっしゃっていたが、この選挙結果が道州制実現に与える影響について、どのように考えるか。

村井知事

 これはもう橋下さんの捉え方次第ですけれども、道州制と都構想というのは全くイコールではありません。道州制というのはもっと大きな規模のものでございますから。しかも、都構想もこれでだめになったわけでも決してありません。非常にやりづらくなったのは事実ですけれども。従って、もう少し様子を見る必要があると思います。

 大阪都構想の規模でもなかなか堺市民が納得しなかったとなると、道州制になると、より難しいハードルがあるのかと思うが、その辺はどのようにクリアしていけばいいと考えるか。

村井知事

 これは、一番は国会議員、特に総理のリーダーシップですよね。われわれがいくら言っても一地方の声にしかなりません。今のように分権と言いながら中央が大きな力を持ち続けて、地方に予算や権限を少しずつ与えていくようなやり方で、この国がいつまでももつのかどうか、それがもたないということであれば、やはり政府、特に総理がこの国をどう変えていきたいのかということを明確に国民に示し、ぜひ政治の力、総理のリーダーシップで変えていけるのではないかと私は思います。そこに期待したいと思いますね。総理がやる気がないというときにいくら(道州制推進知事・指定都市市長)連合ががんばって「ああだ、こうだ」言っても、恐らく変わらないと思いますね。これはやはり国のトップが「この国の形を変えるのだ」という強い思いがあって、それで「村井君、手伝ってくれ」と言われるような形にでもならない限りは、そう簡単に変わるものではないと私は思います。

 今の安倍首相に対する期待感は何かあるか。

村井知事

 安倍総理は、最近その話はしておりませんけれども、以前道州制についてお話ししたときには、「僕はやりたいと思う」と(おっしゃっていました)。もともと道州制を言い出したのは前の第1次安倍内閣のときですので、「自分が一番最初に言い出したのだ」というようなことはおっしゃっていました。私はそこに期待しているのです。しかし、それが「もう最初から僕は道州制やる気ないよ」と総理が言っていれば、私は(道州制推進知事・指定都市市長)連合に加わることも共同代表になることもなかったと思います。やっても意味がないですからね。

子どもに対する不審な声掛け等を規制する条例について

 昨日(29日)の「女性と子どもの安全・安心社会づくり懇談会」の中で、子どもへの不審な声掛けとか、つきまといを規制する条例の検討という案を示したようだが、あらためてその狙いを教えてほしい。

村井知事

 女性と子ども、弱い立場の人たちを守るというのは、これはもう当たり前のことであります。今までいろいろな自治体の検証をしてまいりましたが、単発でいろいろな施策は打っているのですけれども、県警と教育委員会と知事部局が一緒になって協議をして、こういう総合的な対策をやることによって被害を少なくする、また、加害者を出さないようにするというようなことを議論したところがなかったわけです。そこで、今回、有識者の皆さんのお知恵を借りて、まずは考え方を取りまとめたということであります。昨日で終わりではなくて、だいたい方向性が見えてきたということであります。これをベースに、今後、少し時間をかけて、より良い施策に、あるいは条例に落とし込んでいきたいというふうに思っています。
 今年度にこだわらずに、やれることから一つずつやっていって、結果的にはこういうパッケージになったと示せればと思います。マニフェストにも書き込んでいますし、選挙ビラにもこの項目は書き込みたいと思っています。

 極端な例だが、朝の声掛け運動をしているおじいちゃん、おばあちゃんもいらっしゃるので、その規制の線引きがちょっと難しいのではないかと思うが、いかがか。

村井知事

 そういう意見も昨日ありました。「逆に声掛けをすべきではないのか。声掛けを制限するのではなくて、もっともっと大人が子どもに自分から声掛けをするようにしたほうが、抑止になるのではないか」という声もありました。いろいろな声がありますので、その辺は慎重によく議論してみたいと思います。

震災遺構の保存について

 先週(26日)、南三陸町の防災対策庁舎を解体するということで町長から正式に発表があった。(気仙沼の)共徳丸に続いて、印象的な建物などの解体の決定が続いていることについてと、先日要望もされたと思うが、震災遺構の保存についてどうしていくべきかをあらためて伺いたい。

村井知事

 象徴的な船、そして防災(対策)庁舎が、解体が決定したり解体が進んでいるということでございます。今の政府の考え方、県の考え方もそうでありますけれども、やはり所有者の考え方を尊重せざるを得ないということでございまして、これはもうこれ以上のことは何も申し上げることはできないと思っております。
 この間の復興推進委員会で申し上げましたけれども、自治体は解体の経費は復興財源で面倒を見てもらえますが、移転であったり、あるいは維持管理経費は、残念ながらそれぞれの所有者が持たなければならないということになっております。また、賛否両論、いろいろな住民の皆さんの意見があります。従って、それを基礎自治体であったり所有者の方に全て負わせるというのは無理があるのではないかと私は思います。
 国は「自分の所有物ではないので、自治体のものであるので、これはあくまでも自治体で考えるべきだ」と言っておりますが、それではどんどん解体が進んでいくと私は危惧しておりまして、「もし国がどうしてもやり切れないのであれば、県にその責任を与えていただければ、私は責任を負います」というお話をしました。「例えば、全てというわけにいかないでしょうから、『三つないし五つ、宮城県で(震災)遺構を残すように調整をしてもらいたい。その移転、維持経費については国が持つ』と言ってもらえれば、私が責任を持って、批判を受けても宮城県はどれを残すのかということを決めることはできます」というお話をしました。「復興推進委員会のテーマとして話し合ってもらいたい」と言いましたが、「もしそれにふさわしくないと(伊藤元重)委員長と(根本匠)復興大臣がお考えになるならば、大臣のもとで引き取って、よくご検討いただきたい」という話をしたということでございます。大臣からは「検討する」というお話をいただきました。その後、返事はありません。

 今のところ、例えばこの建物は残すべきではないかという念頭にあるものはあるか。

村井知事

 はい。当然私も一人の自治体のトップとして、自分がもしそういう権限が与えられたらこういうものは残したほうが良いのではないかなというのはあります。しかし、今言いますと、いたずらに誤解を生じてしまって、それぞれの自治体の責任者や個人の所有者の方たちが判断に迷うということがあってはなりませんので、あえてこの場では発言を控えたいというふうに思います。
 もしそういう権限が与えられたら、これは私が勝手に決めるのではなくて、やはりしっかりとした検討委員会のようなものを作って、客観的に検討し、そして、当然地元での説明会などもやりながら、市町村や個人の所有者にも入っていただいて議論した上で、県として何カ所残すというようなことを表明することになるというふうに思います。

 震災遺構がなくなることで、被災地への観光ツアーの客足も減るのではないかという心配の声もある。来春のポストDC(デスティネーションキャンペーン)も準備しているということで、その辺はどのように考えるか。

村井知事

 観光という切り口だけで考えると、間違いなくマイナスの影響のほうが大きいと思います。しかし、これはなかなか「観光客がたくさん来るから残してくれ」ということも簡単に言える問題ではありませんので、それぞれの首長さん方が苦渋の決断をなさっておられます。従って、私はそれぞれの所有者、自治体といったようなところだけに判断を委ねるような形にすべきではないというふうに思っているのです。

 来春のポストDCの部分で言うと、このままでは共徳丸も防災庁舎もなくなっていくが、そういう北部の沿岸部についての観光施策については、知事としてどのような考えを持っているか。

村井知事

 被災地のあの状況を見ていただくということで、当然その分(震災遺構がなくなる分)は補っていかなければいけないと思っていますし、サン・ファン・バウティスタ号を核とした観光施策というようなものも考えておりますし、その他にもいろいろな事業をやっていこうと思っております。従って、あの二つがなくなったから、観光客が全くいなくなるという形にはしない(ようにしたい)と思っています。
 よく言われるのですけれども、メモリアルパークやメモリアルの施設、大きな箱物をどこかにどんと造るよりも、そういった震災遺構のようなものを各地に残していったほうが、よっぽど後世に震災の記憶を残していくことになるではないかなと私は思っていまして、そういうようなことも政府のほうにはお話をしようと思っています。すぐ何か新しい建物を建てたがるのですけれども、壊れた建物を残すほうがよっぽど国民、県民の意識に残る、そうしたほうがためになるのではないかなと思うのです。何か(震災被害関係の)パネルを張ったり、映像で映したりといったことよりも、そちらのほうがよっぽど私は重要ではないかなと思います。