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宮城県臨時知事記者会見(平成25年4月23日)

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年4月24日更新

知事臨時記者会見

水産業復興特区に係る復興推進計画の認定について

村井知事

 去る4月10日、内閣総理大臣あて申請をしておりました石巻市桃浦地区における水産業復興特区に係る復興推進計画が、本日4月23日、内閣総理大臣から認定されました。
 水産業復興特区は、養殖業の復興に向けた選択肢の一つとして提案し、復興特別区域法の中で漁業法の特例措置として認められたもので、桃浦のカキ養殖漁業者は「桃浦かき生産者合同会社」を設立し、特区を活用し、養殖の継続と6次産業化の取り組みなどにより地域の復興を目指しているものであります。 今回の認定により、地元漁業者主体の法人であります「桃浦かき生産者合同会社」が、復興特別区域法及び漁業法にのっとり、第一順位として特定区画漁業の免許ができることとなりました。
 県といたしましては、9月の漁業権一斉切替の手続において、今回認定された特区の適用について、法にのっとり適切に対応してまいりたいと考えております。
 また、宮城県漁協は、わが県の沿岸漁業の復旧・復興に重要な役割を担っていることは言うまでもなく、県としては、沿岸養殖の早期の復旧・復興に向けて、県漁協と密接な連携のもと取り組んでまいりたいと考えております。

 (水産業復興特区への)取り組みの手続は終了したということだが、今の率直な知事の気持ちを聞かせてほしい。

村井知事

 一言で言いますと、桃浦の復興に向けたスタートラインに立ったという思いでございます。水産業復興特区については、復興のための選択肢の一つとして県が提案し、平成23年12月、国において法制化されたものであります。桃浦の漁民が特区の活用を目指しておりまして、今回の認定を受け、その実現に一歩近づいたのではないかと思います。
 ただ、まだ桃浦のLLC(桃浦かき生産者合同会社)に漁業権が免許されたわけではございませんので、引き続き9月の漁業権一斉切替に向けて、特区法や漁業法に基づき適切に対応していかなければならないと気を引き締めているところでございます。

 今回、申請から2週間での認定となった。事前の協議等があったからだとは思うが、このスピード感についてどのように評価しているか伺いたい。

村井知事

 国の手続について私はコメントする立場にはございませんが、そういうご質問が昨日(22日)もありましたので、少し調べてみました。先日(3月26日)認められました確定拠出年金加入者生活再建促進特区は(申請から)12日で認められております。また、岩沼市が(提)出しました玉浦西地区の復興まちづくり特区や石巻市が(提)出しました住まい供給特区は14日で認められております。今回は13日ということでございますので、これだけ特別扱いをされて特に早いということではないと思っております。他の特区と同じようなスピードでやっているということです。

 全国初の取り組みであり、全国から注目が集まるわけだが、LLCに対してどのような成果を期待するか。

村井知事

 特区が認められただけで、まだ漁業権が与えられたわけではございませんので、まずは漁業権が与えられるかどうかというところに、これから移っていくと思います。現時点においてそこまで踏み込んで発言しないほうがいいのかなと思っております。
 もし漁業権が切り替わったならという前提でお話をいたしますと、その場合には、自分たちで漁業権を持って漁業ができるということでございますので、漁協の下にぶら下がらなかったからできることがいろいろあろうかと思います。そういったようなことを果敢に取り組んでいただきたいというふうに思います。
 まずは、桃浦の人たちがおっしゃっていますが、桃浦はこのままいくともう滅びてしまう浜でありました。その浜がしっかりと再生をする、元気になっていく、よみがえっていくという形になっていただければと思います。それが、うまくいったか、いかなかったかという判断基準になるのではないでしょうか。少なくとも昔は非常ににぎわっていたわけですが、震災前にだんだん衰退してきたところで津波が来てしまって、何もかも失い、大部分の方がやめようと思っていたわけです。それが今回の特区を活用して新たな会社を起こしたことによって、また昔のような浜に戻るのか、あるいはまた衰退してなくなってしまうのかをよく見ていかなければならないと思います。従って、現時点において特区が良かったのか悪かったのかという判断はできないというふうに思います。

 今、知事は桃浦をこのままではなくなってしまうであろう浜と言ったが、これは桃浦だけではなくて、特に震災後は県内には他にも(そういった浜が)多数ある。今回の合同会社は20人弱でのスタートと聞いているが、県内の漁業者は1万人余りいて、その中のかなりの方が、なくなってしまうであろう浜に所属している。今回のこの特区の初認定によって、今後そういった他の浜の再生にどのような影響や波及効果が見込まれると考えているか。

村井知事

 われわれが桃浦に(特区の活用を)押し付けたわけでは決してなくて、桃浦の皆さんがこういった制度を活用したいという希望を出されて、選択されたということであります。また、今までと同じやり方で漁協と一緒になって再生をしたいと思っている漁業者の方もたくさんおられるわけでありますので、そうした方は今までの制度にのっとって、今までの仕組みで再生するようにわれわれも全力で応援をしてまいりたいと思っております。従って、どちらが良いのか悪いのかではなくて、こういう(特区という)選択肢も今回提示をして、それを選んだ漁民の方がおられたというふうに捉えていただければと思います。
 質問にしっかり答えるとするならば、従来の制度にのっとれば全て衰退するというわけでは決してないと思います。従って、そういうふうな(特区という選択肢を選ばない)残りの皆さんも今までの方法でしっかりとよみがえっていただけるように、われわれもサポートしていきたいと思っております。

 少しいじわるな聞き方になるかもしれないが、従来の方法でやってきた結果、漁民の方々の人口がどんどん減って、高齢化が進み、後継者もいないという現状になっている実態がある。従来のやり方で支援していくというのは、結局これまでの繰り返しになってしまうのではないかと考えるが、それについてはどのように考えるか。

村井知事

 今回水産特区を提案したのは、間違いなくそういう問題意識があったからです。従ってこれ(特区)も一つのやり方だというふうに思いますが、従来のやり方でも、元気な浜というのも今あるのです。後継者がどんどん育っているという浜もあります。そういったところも一つのモデルだというふうに思いますので、漁協さんとよく協力をしながら、今、元気な浜(というのは)、どこがなぜ、どういう理由で元気なのかということをしっかり分析しながら、そういった浜を作っていく努力もしていかなければならないと思います。この方法でなければ浜がよみがえらないということでは決してないと思っております。

 そうすると、知事としては今回の認定による一番大きな収穫は選択肢が増えたことと考えているのか。

村井知事

 そうです。今回1つの浜だけなのですけれども、これ(漁業権)が仮に認められたら、5年後にどういう姿になるのかということを、皆さんも含めてしっかりと検証していく必要があるであろうというふうに思います。

 先ほど知事は、漁協との関係について、早期の復興に向けて密接な連携を作って取り組んでいくと言っていたが、現状では、国と県の復興特区への対応について拙速だと県漁協は批判をし続けている。今後、意見調整や関係修復に向けて話し合いなどの予定や考えはあるか。

村井知事

 今回の特区の関係で完全にあつれきが生じて、漁協の皆さんとはもう口もきかないような状態になっているわけでは決してなくて、担当者も私も、漁協の皆さまとはこの特区以外については非常に緊密に歯車がかみ合って仕事をさせていただいております。今後もこの問題に限らずたびたびお会いして、意見交換をする場もあれば、要望を受けることもあれば、逆にわれわれからお願いすることも出てくるだろうというふうに思います。そうした中で、この特区のことについても意見交換がまたできればとは思っております。
 桃浦の皆さんも、漁協の協力なしには事業ができません。漁業権を仮に持ったといたしましても、今後漁協の協力を得ながらいろいろな事業を進めていかなければならないのは間違いありません。漁協も、桃浦の人たちは漁業権が切り離されたから自分たちとは関係ないのではなくて、やはり大切な漁師さんであることは間違いないわけでございますから、これはお互い立場を尊重し合いながら、良い関係が必ず築けると私は信じております。その仲立ちは県としてしっかりやっていかなければならないと思っています。

 水産業復興特区については平成23年5月10日の東日本大震災復興構想会議で知事が提唱したのが起源だと思うが、知事としては、そもそも震災前から考えていたものなのか、それとも震災後に発案したものなのか。

村井知事

 震災前から問題意識は持っておりました。震災後に、私はまず職員に「単なる復旧ではなく県土の再構築である。創造的復興をやろうではないか」というふうに言いまして、復興構想会議に出る前にいろいろなアイデアを募りまして、ブレインストーミングをやりました。その中で、水産業は特に大きな被害がありましたので、いろいろな意見が出てきたわけなのですが、そこで今回の案も出てきたということでございます。また、「漁港を集約化する」というような意見も出てまいりました。また、復興構想会議では「(水産業の)国営化」という言い方をしたのですけれども、これは「がんばる養殖(復興支援事)業」という制度で私の言ったことが実現したのです。この3点を復興構想会議で言って、3点とも実現をしたということであります。
 質問の答えとしては、問題意識は震災前から持っていましたけれども、具体的な案は震災後に作ったということであります。

 その問題意識を持ったきっかけは、事務方からの意見を自分なりにそしゃくしたのか、それとも現場を見たのか。

村井知事

 両方です。私は水産業については基本的にはそんなに詳しいわけではありません。やはり専門の職員の意見をしっかり聞いて、他にももっといっぱい(意見が)あった中で、できるのか、できないのか、やるべきなのか、やるべきでないのかと私なりにどんどん絞り込んでいったと(いうことです)。そして、職員とも何度も意見交換をさせていただき、そして国の復興構想会議でそれをぶつけたということであります。

 現場は、いつごろ、どこに行ったのか。

村井知事

 震災後はもういろいろなところを、できる限り歩いてまいりました。空からも見ましたし、車でもいろいろなところに行きました。

 今回認定されたことは、日本の漁業全体にとってどういう影響を持つのか。また、今回の水産特区認定が一つの風穴となって次々と法人が漁場を持てるようになるかもしれないことについての期待感を伺う。

村井知事

 今回の特区が日本にどういう影響を及ぼすのかということですが、これは先ほども言ったように、まず特区が認められてどういうふうになるのかということを、5年間しっかり検証しなければ分からないと思います。結果的にこうやったことによって失敗してしまった、あるいはばらばらになってしまったということになるかもしれませんし、もしかしたら非常にうまくいって将来の一つのモデルになるかもしれません。ですから、今の段階でこれが日本にどういう影響を与えるのかということを予測することは難しいというふうに思っております。
 それから、風穴となる期待感でありますが、これも繰り返しになりますけれども、復興するためだけの特区ということで、5年間の期限つきです。従って、まず5年間の結果を見てみなければ、国としても、この特区を延長するのか、あるいはもうこれで終わってしまうのかという判断もできないかと思いますので、まずは漁業権を民間企業が持つということがいかにプラスに働くのか、あるいはマイナスに働くのかということをしっかりと検証する場にしていただければというふうに思っております。

 先ほど話があったが、漁協にぶら下がっているだけでは今までできなかったことというのは具体的にどういうことなのか。また、民間企業が漁業権を持って漁業を営むことでどういう可能性が出てくるのか。

村井知事

 できなかったことと、どういう可能性(が出てくる)かということを併せてお答えいたします。一例を申し上げますと、今まで漁協が(漁業権を)管理をしている場合は漁師さんしか海に入れなかったのです。今回、(地元漁民を)7人以上(含む会社)、(あるいは地元漁民を)7割以上(含む会社)という制約さえクリアすれば、自分たちで会社を設立してそこで漁業権を持ち、みんなで人材を育てれば、ある程度スキルがないとできませんけれども、一般の会社員の方が、海に入って仕事をお手伝いすることができるようになる(ということです)。また、一定の年齢になって、なかなか海で働くのが難しい、あるいは病気をしたということになれば、陸に上がって販売だとか、あるいは営業だとか加工だとか、そういった仕事ができると(いうことです)。今までは、終生、漁師さん方は漁師として終えなければならなかったことが、そういった選択肢が広がっていくということ(もあります)。また、漁協の共販(共同販売)に乗らなくてもよくなりますので、漁協にお伺いを立てなくても自分たちでタイミングを見て、付加価値を高めて販売することが自由にできるようになるということですね。そういったメリットがあろうかというふうに思います。
 逆に、今までは漁協という大きな組織にみんなが守られていたわけですから、そういった漁協のサポートが全く切り離されるわけではないのですけれども、今後は非常に狭められるというリスクも当然出てくるということです。従って、全てバラ色ではなくて、LLCにとっても非常に厳しい、時としてイバラの道になることもあろうかというふうに私は思います。従って、努力はしなければいけないと思います。

 復興構想会議で提案してからこれまでを振り返ったときに、知事としてというよりも政治家としてどのように捉えているか。選択肢の一つということだが、大きな反対、特に県漁協は今も反発をされている中で、あえてこういう判断をしたことに対して政治家としてどのように受け止めているか。

村井知事

 選挙を抱える政治家としては、反発、特に大きな組織が反発するようなことに対して一歩踏み出すというのは勇気の要ることです。でも、私は震災後1万人以上の方がお亡くなりになって、1300人(以上)の方がいまだ行方不明の惨状を見て、元に戻すだけでは亡くなった方に申し訳ないと(思いました)。亡くなった方があの世で、「俺たちの死は無駄でなかった。俺の死があったから宮城はこんなに元気になったんだ。100年後、200年後の日本の将来に向けて良いモデルを作ってくれた」と思っていただけるようにしなければ、あまりにも申し訳ないと私は思いました。「これは県のためになる、あるいは国のためになる」と思うことについては、どんなに反対があっても自分のやれる範囲内で全力を尽くそうと誓いました。
 復興構想会議でこの復興特区を話したときも、いろいろな大変厳しい意見もありまして、五百旗頭(いおきべ)(真)議長と言い合いになったこともございました。ここに来るまで非常につらいときもありましたけれども、私はこれで良かったと思っています。これで、また今後選挙に出たときに大変厳しい状況になっても悔いはないというふうに思います。

 特区の構想を持ったときのことについて、具体的にどこでどんな場面に出会って最も心が動かされたのか、もう少し詳しく聞かせてほしい。それから、この特区による、漁業だけではなく地元経済への影響についても聞かせてほしい。

村井知事

 まず、1つ目のどういうところに心を動かされたかということですが、震災前に宮城県の場合は毎年3%ずつ(漁業の)就業者の数が減ってきていたのです。そして、漁師さん方の平均年齢が65歳を超えているのですね。震災後にいろいろな方に会ってお話を聞いたら、「もう俺は辞める」という方がたくさんおられました。「もう1回ゼロからではとてもできない」という方がたくさんいたということです。あるアンケートによると、3割の方がお辞めになるという意思表示をされたというのもありました。毎年3%ずつ減っていたのが一気に30%減るわけですから、10年分失われるということです。それで年齢構成は多少若返るとは思いますけれども、それでも平均年齢が30代、40代になるわけでは決してないということです。従って、ここは本当に何か抜本的なてこ入れをしないと絶対に元に戻らないだろうなというふうに思ったということです。従って、漁港を集約したり、がんばる養殖(復興支援事)業という仕組みをぜひ作るようにという提言をさせていただいたということです。がんばる養殖(復興支援事)業というのは、基本的には「国がほとんどお金を出して、元に戻してあげますよ」という支援制度です。でも、それだけでは元に戻るだけで、モルヒネを打つような形になるのではないかなという心配がありましたので、これは思い切って治療薬も投入するべきだということで、治療薬という役割として水産業復興特区というものを提案したということでございます。
 それから、地元経済への影響ですけれども、これは桃浦の一つの小さな浜だけですので、これでドラスチック(劇的)に宮城県の地域経済が変わるというふうなことにはならないだろうと思います。これが5年後うまくいくかどうかということによって、将来の水産業に与えるいろいろな影響というものも変わってくるのではないかというふうに思います。

 復興特区法が制定されたのが平成23年の12月で、昨年(平成24年)の8月になって桃浦の方が手を挙げたという経緯がある。そこからここにたどり着くまで、さらに半年以上かかっているが、何に時間がかかって、どういうところに一番苦労したと考えているか。

村井知事

 これは漁協(への説明)もさることながら、まず、桃浦の皆さんの意思が固まるかどうか、そして、桃浦の近傍の浜の皆さまに誤解のないように分かりやすく一つ一つ説明をしていかなければならなかったということです。皆さん、お仕事をしながら、復旧しながらという状況でしたので、そんなに簡単に人も集まっていただけませんでしたから、職員が歩きながら説明をして回り、また、私も何回か足を運ばせていただいたということであります。県議会からも「地元の皆さんの理解を得るように努力しろ」という附帯意見が付きましたので、できる限り丁寧な対応に心掛けたということでございます。そこに時間がかかったということです。

 先ほど、5年の取り組みで、成功だったか、失敗だったかの判断ができるだろうという話があったが、その間に、桃浦以外の浜で衰退の懸念もあると思う。桃浦以外に対する県としての対応が何か必要だと思うがどうか。

村井知事

 これは漁業者の皆さまが、また元に戻れば元気になれるということで、そちらを選択されたわけでございます。従って、この点については漁協とよく協議をしながら、いろいろなてこ入れ策というものは考えていきたいと思います。基本的には、やはり漁協を通じてのお手伝いということになろうかと思います。

 具体的に、漁協を通じたどういう手伝いができるのか。

村井知事

 今のところ、まずは復旧を最優先にしてやっていまして、まだ復旧が終わっておりません。従って、漁協さんも、今経営が厳しい中で、ぎりぎりの状態で歯を食いしばって頑張っておられますので、まず復旧を最優先にして、その上で震災前のような状況に戻ってきたのが見えてくれば、その段階で新たなてこ入れ策等も検討していかなければならないというふうに思います。決して従来のやり方を選択した人たちを切り捨てるわけではないということです。漁協さんとしっかりとタイアップ(連携)してしっかりとサポートさせていただこうと思います。