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東京通信(コラム)「谷根千・本郷界隈に住まいして」

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年9月10日更新

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2009年11月20日

谷根千・本郷界隈に住まいして

 東京に暮らして7カ月が過ぎ、今、路面には街路樹の枯れ葉が舞う季節となった。文京区千駄木(せんだぎ)に暮らしている。かつては、団子坂を上ったところに、宮城県の共済宿泊施設「萩風荘」があったが、現在、その跡地には、東洋大学国際会館と文京区の汐見地域活動センターが建っている。団子坂を下りて、不忍通り(しのばずどおり)の東側に「谷中銀座(やなかぎんざ)」と呼ばれる商店街がある。谷中銀座のお店の2階部分の壁には、所々、周辺施設の絵が飾られている。よく見ると、ある洋装店には石垣の上に立つ旧萩風荘付近の団子坂の風景の絵が飾られており、谷中銀座に行くたびにその絵を見上げている。
 初めての東京暮らしで、地理も不案内であったが、以前に読んだ司馬遼太郎氏の「街道をゆく」シリーズ第37巻「本郷界隈(かいわい)」の中に、千駄木や根津周辺の団子坂や根津神社、森鴎外や夏目漱石そして正岡子規などに関する記述があったことを思い出し、今もこの本を参考に周辺を歩いている。
 これまでに訪ねた場所を少し紹介すると、「明治の文学者めぐり」的に訪ねた場所として、まず、団子坂の旧萩風荘の向かい側に位置する森鴎外の住居であった「観潮楼(かんちょうろう)跡」は、本郷図書館森鴎外記念室となっている。正門跡や庭園が藪下通りに面し、現在、記念室は改修中、資料整理中のため休館している。なお、最近、記念室に併設して駒込保育所が設置され、時折、子どもたちの元気な声も聞こえてくる。脇道の藪下通りは、鴎外がよく散歩した小道であり、そのまま歩いて行くと根津神社が見えてくる。4月中旬から「つつじ祭り」があり、多くの人でにぎわっていた。
 根津神社の南方に言問通り(ことといどおり)があり、不忍通りから言問通りの坂を上ると弥生2丁目の東京大学工学部敷地角に弥生式土器発見の地の記念碑が建っている。この土器には、発見場所の「弥生」という地名が付けられた。
 根津・千駄木からは少し離れるが、本郷通りの東大赤門の向かい側の西南に所在する、菊坂付近の狭い路地を入った樋口一葉の住居跡には、当時使われていたポンプ式の井戸が残っている。民家のすぐ前に設置されていた。ここから歩いて数分の炭団坂(たどんざか)の階段を上りきると、かつては坪内逍遙の住居で、後に正岡子規が居住した旧松山藩の育英組織「常盤会」の建物跡があるが、今は、民間会社の研修所が建っていた。
 夏目漱石の住まいは、千駄木に接する向丘2丁目にあり、通称「猫の家」と呼ばれた住居であった。漱石が住む以前に鴎外も一時住んでいたという。この場所は、観湖楼跡からは西に歩いて約10分の場所だ。常盤会跡や一葉の住居跡からは、本郷通りを北に向かって歩いて約30分程度である。現在、住居跡は日本医科大学の同窓会館になっており、記念碑が建ち、会館の塀の上には猫の彫刻が置かれている。この日は30人ほどのグループが記念写真を撮っていた。
 ところで、私の住んでいる地域は、谷(中)根(津)千(駄木)(やねせん)とも呼ばれており、本郷通りや不忍通りの両側はビルやマンションが建ち並ぶが、本通りから脇道や、路地に入ると、生活者の息吹が聞こえてくるような、そして、下町の風情が色濃く残る地域でもある。史跡などのほか、飲食店や民芸品店、せんべいやたい焼き、総菜の店なども多い。最近では人気の観光スポットになっており、休日には、ご夫婦やカップル、子ども連れの家族などが散策に来ているのが、特に目につく。
 人出が多い谷中銀座は、JR日暮里駅北口方面からも訪れることができる。北口を出て西方に位置する「夕焼けだんだん」という階段を下りた先にある。総菜などの店には長い行列ができている。なお、階段付近には、ほとんどいつも猫が何匹か佇んでおり、また、猫グッズの店などもあって、猫は谷中銀座のシンボルになっているようだ。
 谷根千といえば、エッセイストの森まゆみさんなど4人が編集する地域情報紙「谷中・根津・千駄木」がよく知られている。この8月に最終号2冊(其の93と其の94)が発行され、25年間の歴史を閉じた。この情報誌が「谷根千」を人気の観光スポットに押し上げた原動力になったともいわれている。
 最終号「其の93」の巻頭に次のような記述がある。一部を抜粋すると編集者の思いとして「風と樹と匂いのあるまち/カエルやトンボに会えるまち/富士山が見えるまち/・・・・/時間がゆっくり過ぎるまち/-そんなまちに私はしたい-」。この口上に、編集者の心意気を感じる。まだ短時間しか生活していない私であるが、谷根千がそんな町になりつつあるように感じている。いつまでも住みよいまちであってほしい。
 今回は、一部しか紹介できていないが、まずはこの界隈を歩いていただき、地域の良さを実感していただきたいと思う。
(東京事務所 M.K)