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常盤台霊苑・宮城之塔の紹介

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年12月22日更新

【援護恩給班】

 宮城県では,本県関係戦没者慰霊施設(常盤台霊苑(仙台市青葉区小松島)・宮城之塔(沖縄県糸満市摩文仁))の維持管理を行っております。

 

1 常盤台霊苑

 常盤台霊苑は,本県関係の戦没者を慰霊するため,昭和28年に国から譲渡を受け,戦没者慰霊の合葬碑等を建立し,慰霊祭等を行っております。

※ 常盤台霊苑は一般に開放していませんので,許可無く立ち入ることはできません。

 

合葬碑

 

ガ島戦没郷土将士留魂の碑元歩兵第百四連隊戦没者忠霊碑元満州独立守備歩兵第二大隊慰霊碑

 

(1)常盤台霊苑の歴史
年月日 事項
明治4年11月仙台鎮台が設置される。
同時期に「仙台陸軍墓地」(仙台市向山鹿落)が設置される。
明治8年歩兵第四聯隊が創設される。
明治9年兵員の増加により,墓地の拡張が必要となり,宮城郡原町小田原(現在の仙台市青葉区小松島)に新たな墓地が整備される。
明治25年7月向山鹿落の陸軍墓地が廃止され,小田原の墓地へ改葬される。
明治40年3月「明治三十七八年戦歿病歿者之墓」が建立される。
昭和8年10月「満洲事変戦死病歿者合葬之墓」が建立される。
昭和15年秋戦没者の激増に伴い,戦没者の分骨を納めるために,納骨堂(現在の待合室)が建立される。
昭和20年8月終戦。
墓地施設は,大蔵省の所管となり,聯隊区司令部が管理することとなる。
昭和20年12月聯隊区司令部が宮城地方世話部と改称される。
昭和22年5月地方世話部の廃止に伴い,宮城地方世話部は宮城県の機構に入り,宮城県民生部世話課となる。
昭和22年7月大蔵省から宮城県が施設の無償貸与をうける。
昭和28年11月大蔵省から宮城県が施設の無償譲渡をうける。
「常盤台霊苑」と改称し,「大東亜戦争戦歿勇士合葬之墓」を建立する。
除幕式及び慰霊祭を挙行する(11月20日)。
以後,県有の戦没者慰霊施設として今日に至る。

 

(2)施設の概要
 
  所在地 仙台市青葉区小松島2丁目
  敷地 面積 11,570.24平方メートル
  墓碑
   ・明治三十七八年戦歿病歿者之墓(M40.3.10建立) 合葬数:499柱
   ・満洲事変戦死病歿者合葬之墓(S8.10建立) 合葬数:1,137柱
   ・大東亜戦争戦歿勇士合葬之墓(S28.11.20建立) 合葬数:13,744柱
    ※おもに支那事変以降の戦没者の分骨等が納められている。
   ・合葬墓石 7基:198柱
    ※おもに日清・日露戦争以前に在営中または野戦において戦死・病死した軍人・軍属が土葬されている。
   ・個人墓石 367基:367柱
    ※おもに日清・日露戦争以前に在営中または野戦において戦死・病死した軍人・軍属が土葬されている。
   ・ガ島戦没郷土将士留魂の碑(S47.4)
   ・元歩兵第百四連隊戦没者忠霊碑(S50.4)
   ・元満州独立守備歩兵第二大隊慰霊碑(S51.4)

 

2 宮城之塔

 宮城之塔は,太平洋戦争最後の戦場となった沖縄県摩文仁の丘に,今次大戦において戦没した本県出身の勇士45,500余柱の霊を慰霊するため,昭和43年に建立し,毎年10月下旬に沖縄「宮城之塔」慰霊祭を行っております。

 

宮城之塔主石碑文

 

施設の概要

 所在地 沖縄県糸満市「摩文仁の丘」

 敷地 面積 966.9平方メートル

 主石 宮城県伊具郡丸森町産(花崗岩自然石)

     高さ1.9メートル 幅3.2メートル 厚さ1.6メートル 重さ18,000キロ

 

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