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新春インタビュー 2018 宮城県知事 村井 嘉浩 宮城県議会議長 中島 源陽(みやぎ県政だより平成30年1月・2月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年1月1日更新

被災者の皆さんのための政策を宮城で復興と幸せを実感できるように
 宮城県知事 村井 嘉浩

新春インタビュー 2018 宮城県知事 村井 嘉浩とインタビュアー 柳瀬 洋平さんの写真

宮城県知事 村井 嘉浩の写真

インタビュアー 柳瀬 洋平さん
宮城テレビ放送「ミヤギ news every.」 キャスター
インタビュアー 柳瀬 洋平さんの写真

Q 年が明けました。昨年はどのような1年でしたか。

A 東日本大震災からの復興が順調に進んできましたし、総じていい年だったと思います。
 10月の知事選挙で再選され4期目となりました。期待の高さに責任を強く感じています。

Q 大きなイベントもありましたね。

A 全国和牛能力共進会宮城大会では、宮城の代表牛が強豪の九州勢を抑えて「第2区」で1位を取りました。生産者の自信になりましたし、全国からの参加者でにぎわいました。
 「南東北インターハイ」や「みやぎ総文2017」では、全国の高校生が宮城に集まりました。大人になったら家族を連れてまた来てほしいです。

Q 3月で東日本大震災から7年が経過します。「創造的な復興」の状況はいかがですか。

A 「宮城県震災復興計画」(以下「震災復興計画」)(※1)の「再生期」が終わり、来年度からは「発展期」です。
 震災前に戻す復旧だけでは時代遅れのまちになるため、将来まで見据えた「創造的な復興」を掲げ、各施策を進めてきました。
 災害公営住宅などのインフラ整備は進んでいます。一番の苦労は、高台や内陸への集団移転でした。大勢の住民に移動していただくので財源確保などに力を尽くしました。
 空港の民営化や、大学医学部の新設、広域防災拠点の整備などは、軌道に乗せることができました。その他の施策についても着実に進めていきます。

※1 10年間を計画期間とし、震災発生から3年間を「復旧期」、その後の4年間を「再生期」、最後の3年間を「発展期」と位置付けている。

Q 在任中には、国の「復興・創生期間」、「震災復興計画」の終期を迎えます。復興の総仕上げを託されました。

A 「震災復興計画」に掲げたことをやり遂げるのが大前提ですが、その先のプランまでしっかり作り復興の総仕上げにつなげたいと考えています。
 阪神・淡路大震災(平成7年)では、23年たつ現在も支援を必要とする人たちがいます。被害規模の大きい東日本大震災では、さらに長い期間の支援が必要となるでしょう。「震災復興計画」終了後にどう支援していくか、震災後10年までに道筋をつけなければなりません。
 船頭は常に進む先を見据えなければなりません。県庁職員の中で、将来を一番遠くまで見ていなければならないのが組織のトップである知事の務めです。

Q 優先して取り組む震災復興施策は。

A 被災者の皆さん、個々人を支援するきめ細かい対策です。心のケアや不登校、販路拡大などの問題があります。心のケアといっても健康状態、家庭環境や経済状況によりニーズは異なります。地域コミュニティーもそれぞれの地域で課題は異なるでしょう。これらに個別に向き合う必要があると思っています。

Q 4期目の政策のポイントは。

A 人口減少と税収減少への対応が必要です。県のみでは課題を解決できません。国、市町村や、NPOなど民間とどう連携するか、協力の枠組みづくりが県の仕事だと考えています。民間の力を生かした「小さな行政体」を目指します。
 「富県宮城」の実現に向けて取り組み、ようやく上がってきた税収を、今後4年間で子育て、介護などの社会保障や教育に充てていきたいです。

Q 「子育て」施策の展望はいかがでしょう。

A これからの日本は、女性が子育てしながら働ける環境を作らないと成り立たなくなるでしょう。保育所の整備を進め、待機児童ゼロを実現したいです。男女を問わず働き方の改革も必要です。

Q 2年後の夏、「復興五輪」をテーマに掲げる「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」では、ひとめぼれスタジアム宮城(利府町)でサッカー競技が行われます。

A 海外からのたくさんのお客さまに復興を遂げた姿を見てもらえる良い機会です。「震災復興計画」の最終年に開催するので、これまでの支援への感謝もしっかりと伝えたいです。
 同年には「第40回全国豊かな海づくり大会」も本県で開催されます。「震災復興計画」を成し遂げながら大イベントも開く大事な年になります。
 県民の皆さんには、どちらのイベントも楽しんでいただけるよう準備を進めていきます。

Q お忙しい日々ですが、お休みはどう過ごされますか。健康維持法は。

A 休みの日であっても勉強していることが多いです。ぼんやりしていることはあまりありません。
 体力維持には、録画したニュースなどを見ながら、ランニングマシンで30分ほど運動しています。あとは妻と愛犬との散歩が息抜きです。
 今年も体調に気を付けながら、全力疾走で頑張っていきます。

対談の様子の写真


村井 嘉浩(むらい よしひろ)
 大阪府豊中市出身。防衛大学校を卒業後、陸上自衛隊東北方面航空隊にヘリコプターパイロットとして配属される。1992(平成4)年松下政経塾入塾、1995(平成7)年から宮城県議会議員を務め、2005(平成17)年11月から宮城県知事に就任。現在4期目。

夢を一緒に育める議会を目指して
 宮城県議会議長 中島 源陽

宮城県議会議長 中島 源陽の写真

Q 昨年はどのような一年でしたか。

A 県全体として、震災復興に全力を注いだ一年でした。ハード面の整備が進む一方、ソフト面では、心のケア、コミュニティーや地域産業の再生などの新たな課題が見えてきました。
 どれも達成までには時間がかかります。一人一人が抱えている状況、思いに向き合う必要があると思います。

Q 村井県政3期の評価は。

A 「富県宮城」を掲げ、みやぎ発展税を導入し、モノづくり産業を誘致し、産業構造を変えてきたように、目標と手段が明確でした。
 「創造的な復興」の発想は、多くの共感を得ました。さまざまな施策での挑戦と実現は、県民に希望を与えてくれたと思います。

Q 議会の活動成果はいかがですか。

A 昨年開催の全国和牛能力共進会の誘致や復元船サン・ファン・バウティスタのあり方の再考などは、県と議会で意見の相違がありましたが、宮城の発展に資するというメッセージを強く県側に伝え実現しました。いずれも議会の存在感を示せたと思います。

Q 議会改革はいかがでしょう。

A 議会としての信頼を高めるために、議会が一丸となって改革に取り組んだ一年でした。政務活動費は、インターネットでの公開や議員の責務を条例に位置付けるなど、透明化が一歩進みました。
 広く県民の意見を聞くため、初めて、議員と若い世代との意見交換会も行いました。農業後継者のネットワークづくりなど新鮮な提言がありました。

Q 2年後には「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」のサッカー競技が行われますね。

A 高校までサッカーをしていたので、ぜひ見たいと思っています。
 2002 FIFAワールドカップ宮城大会でも世界各国の人々と観戦し、興奮を共有できました。世界規模の大会ならではの体験です。
 各国から来る皆さんには、観戦の前後に被災地を巡っていただき、宮城のありのままの姿を見ていただきたいです。

Q お忙しい中、気分転換はどのようにされていますか。

A 鳴子温泉が近いので、夜にふらりと行って、湯船の中で地元の皆さんと地域の話に花を咲かせます。

Q 最後に、今年の抱負をどうぞ。

A 議会改革は途上です。議員一人ひとりの力を高め議会活動のさらなる充実を目指していきます。
 議会全体として、復旧・復興の中でも皆さんが抱く夢を大きく育てていけるよう、尽力していきたいです。


中島 源陽(なかじま もとはる)
 宮城県大崎市岩出山出身。宮城県農業短期大学卒業、2003(平成15)年から宮城県議会議員、現在4期目。2016(平成28)年11月から第四十一代宮城県議会議長。


インタビューを終えて

宮城テレビ放送「ミヤギ news every.」キャスター 柳瀬 洋平さんの写真
宮城テレビ放送「ミヤギ news every.」
キャスター 柳瀬 洋平さん

 普段は取材者としてお二人と対峙(たいじ)する立場のため、今回のように和やかにお話を伺う機会はめったにありません。リフレッシュ法などの話題は、お二人の個性も見え、とても新鮮でした。
 東日本大震災から7年がたとうとする今も、最重要課題はやはり復興で、語るお二人の口調には、それぞれ熱を感じます。2018年が、復興の仕上げ、そして東京オリンピック・パラリンピックを迎えるための、いい助走の年となるよう願っています。


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