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みやぎにエール!(みやぎ県政だより平成26年11月・12月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年11月1日更新

宮城県にゆかりのある著名人の方に宮城の魅力やふるさとへの思いなどを伺いました。

被災地に元気を送れるよう全力で頑張ります

千田 健太(ちだ けんた)

写真:千田 健太(ちだ けんた) さん

1985(昭和60)年、気仙沼市に生まれる。中学からフェンシングを始め、気仙沼高等学校時代はフェンシング部の主将を務める。2006(平成18)年、フェンシングワールドカップシリーズ東京大会で3位入賞、2008(平成20)年には北京オリンピック出場、2012(平成24)年のロンドンオリンピックでは日本初となるフェンシング男子フルーレ団体で銀メダルに輝く。仁川アジア大会(今年9月~10月)では男子フルーレ団体で金メダルを獲得。
2013(平成25)年1月から「みやぎ絆大使」を務める。

 

 気仙沼市出身で、2012(平成24)年ロンドンオリンピックのフェンシング団体競技で銀メダルを獲得した千田健太さん。被災地に元気を送りたい、という思いで挑んだロンドンオリンピック後は引退するつもりだったそうですが、次期リオデジャネイロオリンピックを目指して再挑戦を始めました。千田さんに、宮城での子どものころの思い出や、今後の抱負を伺いました。

千田健太さん

Q ふるさとでのフェンシングの思い出について教えてください。

A フェンシングを始めたのは、中学一年生の冬でした。初めは、地元の本吉町スポーツ少年団に週2回通っていました。気仙沼市は、私がフェンシングをするに当たって、十分に適した環境でした。スポーツ少年団の先生、進学した気仙沼高校の先生、そしてコーチの方々は、熱心に教えてくれました。そして、同じ市内の鼎ヶ浦(かなえがうら)高校の教員には、現役のオリンピアンである、菅原智恵子先生という目標がいたのも、私にとって大きな存在でした。

Q 宮城で好きな場所や食べ物はありますか。

A 小さい時から、秋刀魚(サンマ)の塩焼きが大好物です。実家にいる時は、よく食べていました。
 お気に入りの場所は、南三陸町にあるホテルの露天風呂です。お風呂に漬かりながら眺める海の景色は最高です。

Q ロンドンオリンピック一年前の東日本大震災では、地元が甚大な被害を受け、幼なじみの親友を亡くされるなど、大変な状況だったそうですね。

A 精神的にかなり辛かった時期でした。自分の存在意義や、競技を継続することの価値を見いだせませんでした。本当に苦しい時に、地元の皆さんの応援があり、オリンピックでは、120%の力を発揮することができ、銀メダルにつながったと実感しております。本当に感謝しています。

Q 今後の抱負は。

A 一度は引退を考えましたが、昨年の終わりに競技継続を決断しました。身近で応援して、期待をしてくれている人がいますし、その気持ちになんとしても応えたいと思っています。そして、自分自身、技術、フィジカルともに、さらに磨きをかけ、次のオリンピックに対しても、よりハングリーな状態で向かいたいと思います。

Q 最後に、県民の皆さんにメッセージをお願いします。

A 前回のオリンピックの時には、多くの方に励ましの言葉を頂き、自分の力を発揮することができました。次のリオデジャネイロオリンピックに向けても、復興に向けて頑張る県民の皆さんの後押しになるよう、被災地に元気を送れるよう全力で頑張りますので、今後も気にかけていただけたら幸いです。ありがとうございました。

ロンドンオリンピックでの試合
ロンドンオリンピックでの試合


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