

仙台近郊の大崎市 三本木に位置する新澤醸造店は,生産石数は約300石という小さな蔵。
しかし,平成14年に宮城県最年少杜氏となった「新澤巌夫」専務を筆頭に,志を同じくする横田氏,杉原氏ら若い蔵人が造る酒は秀逸。将来性も含め、無限の可能性を秘めた活気に満ち溢れる期待の蔵元である。
明治6年創業。
「荒城の月」で有名な土井晩翠がこよなくここの酒を愛し,よく遊びに来て”館山の頂開く酒むしろ愛宕の松の薫いみじく”との句まで残し飲み続けたと云われる。
戦時中には,特攻隊の兵士が出陣前に飲むお酒を造っていた事もあり,当時は生産量も多く,広大な敷地に,歴史を感じさせる酒蔵を構えている。

以前は全生産量の内8割を普通酒が占め,厳しい経営環境のため廃業も考えていた先代を,五代目となる新澤巌夫氏が戻り,説得し,自らが杜氏となって指揮をとり,大きな変貌を遂げる。
普通酒が主体の造りから,約9割が純米という純米メインの蔵元となり,昔ながらの手作りによる酒造りを行っている。
契約栽培の米とこだわりの水により,従来からの銘柄である「愛宕の松」の酒質を向上し,そして2002年に立上げた特約店限定の新銘柄「伯楽星」は,瞬く間に全国から注目を集め,引き合いの多い人気酒となっている。
専務の新澤巌夫氏は,大学在学中に若干20歳で「純粋純米酒協会」主催の利き酒選手権大会で,最年少で全問正解の第一位となり,その後もいくつかの利き酒大会で優勝するなど確かな舌を持っている。

新澤専務が蔵に戻ったとき,県の鑑評会の成績は下から2番目だった。
「逆風の中,期待されないからこそ,自分の造りたい酒をじっくり考えることができた。」
仲間と夜通し議論し,”食事に合う酒”,”飲み飽きない酒”という方向性を決め,究極の食中酒”伯楽星”が誕生した。
しかし,デビュー時には,芳醇で濃厚な酒が主流で,対極にある伯楽星は秋までわずか200本位しか売れなかったが,やがて伯楽星の”意図”に気付いてくれた酒販店がチラホラあらわれ,口コミ等により評価が高まり,伯楽星の名の如く脚光を浴びることとなった。

「伯楽星は,酒販店に気付いてもらって育った酒です。ですから,気付いてくれた酒販店を大切にしています。「伯楽」は,“千里走る馬は沢山いるが,それを見抜く人の目が大切”と言ったそうですが,伯楽星を認めてくれた人との出会いを大切にしたい」と言い,その酒は特約店でのみ販売され,蔵の店頭にも置かれていない。
蔵が一段落する夏場,新澤さん達は全国の販売店を行脚する。車を交代で運転しながら,およそ1ヶ月かけて伯楽星の取扱店を廻る。
全国どこでも開栓時に飲み頃となる伯楽星,その背景には,全国を蔵人自らが廻り,各店頭でのコンディションをチェック・フィードバックし,地域や季節,輸送時間などを考慮し,熟成度を変えて出荷していることによる。
なお,飲み頃を過ぎたものは回収し,交換されている。

「・・・・私の中では,“愛宕の松”は男の子,“伯楽星”は女の子です。
愛宕の松は,いつも同じ風。わかりやすく,いつも変わらない酒です。
一方,伯楽星は普段はおとなしいけど,食事とあわせると豹変する,つきあう人によって違う顔を見せる,でも強い芯をもっている,主役をくわずに主役の魅力を引き立てる,そんなお酒です。」

新澤巌夫 専務
“究極の食中酒を極めていきたい。主役を食わずに,引き立てる酒,口の中をきれいに洗い流し,次の料理を引き立てる酒,でも,しっかりとした芯が通った酒を造っていきたい。そして,酒の個性を育てられる蔵を目指していきたい。”
小さな蔵ではあるが,杜氏として,また経営者として,常に悩み,立ち向かっていく姿は,日本酒ファンを魅了してやまない

飲み飽きしない力強さと、心地よい後味で,芯のしっかりとした清潔感あふれる1本。
海外では,10倍の価格で取引されるらしい。
冷やで良し,燗が一段と美味しい酒

ほのかに米の味わいが広がり,パッと消えていく,女性の繊細さと芯の強さを兼ね合わせた1本。
「究極の食中酒」と言わしめた伯楽星のフラッグシッブ。

ほのかなバナナ香が鼻をくすぐり,上品な酸味で綺麗に口を洗い流します。飲むほどに味わいがふくらみ、変化する伯楽星の最高峰。
JAL国際線エグゼクティブクラス搭載酒

土井晩翠がこよなく愛した酒として昔から親しまれている1本。淡麗辛口でいながら,米本来のふくらみが絶妙に味わえます。

蔵を支えてくれた地域に感謝し,旧三本木町章を冠した三本木地区限定販売酒。
とてもお買い得な逸品です。

宮城県初といわれる「佐藤農場の梅酒」と,第二弾の「岸浪園の梅酒」を発見。
日本酒仕込みの梅酒で,口に含むと,梅の酸味と甘みがボリュームたっぷりに広がります。甘みもありますが,くどさはなくスッキリとした癖になるのど越しです。
それぞれ青梅,黒糖の2種類です。
