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■みやぎ海外夢大使の活動報告

■熊谷 清美さんの報告(最終更新 09/01/06)
 平成18年度青年海外協力隊第二次隊員 ニカラグア派遣
ニカラグアの地図 熊谷 清美さん  ニカラグアの国旗 ニカラグア報告書
 平成18年度青年海外協力隊第二次隊員
 ニカラグア派遣

 熊谷 清美さん
第1回活動報告書
(08/01/25掲載)
メルマガ・みやぎ

           「私の任国ニカラグア、・・・こんなところです。」

 宮城県の皆さん、はじめまして。協力隊(みやぎ海外夢大使)の熊谷清美です。私は2007226日から、中米のニカラグア共和国という国にいて、かれこれ10ヶ月になります。初めの1ヶ月は語学学校に通いつつ、一般の家庭にホームステイして、スペイン語の訓練とニカラグアの文化の学習でした。そして、41日からは、私の配属先ポトシ市保健センターがあるリバス県で生活をしています。ちなみに私は助産師隊員です。
 この国について知っている人はさぞかし少ないでしょう。では、まず簡単に説明しましょう。北半球の中米にあり、北がホンジュラス、南がコスタリカという二つの国に接している国です。気候は熱帯気候で、一応、夏(乾季)、冬(雨季)がありますが、基本的に年中半袖でOKです。冬の現在でも、日中は場所にもよりますが、30℃位はあるんじゃないでしょうか?こんな暑い国ですが、もちろんクリスマスツリーもイルミネーションもあり、今までの人生を宮城県で過ごし、光のページェントを見続けてきた私としてはとても微妙でなりません。雪のない寒くないXmasなんて、豚肉のない豚汁と一緒です(急に食べたくなって書いてしまいました)。そんな中、ニカラグアに来て9ヶ月、早くも5回目の脱皮中の私です。あんなに色白だった私はどこに行ってしまったのでしょう??何せ、暑いので日焼け止めを塗っても汗で流れてしまい、ほとんど効果を挙げていないようなんです。

 そして、次に食について・・・主に@トルティージャ(トウモロコシ粉でできた薄いパン)、Aご飯(しかし日本のような米じゃなく、もっと雑な味でパサパサ。炊く時に水+塩+油を入れてしまいます)、Bガジョピント(米+フリホーレス、つまりインゲン豆で、見た目は赤飯チャーハン)を主食とし、おかずはチーズ、肉(鶏、豚、牛)、魚、野菜(比率的にはかなり少し)などを食べています。しかし、基本的に油、塩、砂糖たくさん、炭水化物大目、味付け濃い目、野菜少な目(米も野菜扱いで)で、果物も豊富にあり、それをジュースにして飲むことが多いのですが、なぜかやっぱり多量の砂糖を入れてしまいます。その為、私の体重は増える一方・・・(泣)

 最後に、インフラについて・・・ここニカラグアは貧しい国です。電気はありますが、頻繁に停電があり、私の住むリバス市は毎日7時〜15時まで停電です(その他の時間もちょいちょい無くなります)。水、今は雨季なので毎日水道から水は出ます(でも21時〜5時まで)。しかし乾季は週に2度くらい1日に数時間だけしか出ず、体や髪を洗うのはタイミングをみて行わなければならないし、多くの場合は貯め水でだし、毎日はできませんでした。洗濯機は電気も水も必要なので、一般家庭ではあまり普及していないようです。ちなみに、私は仕事のあと、毎日白衣を手洗いしています。あ、乾季には洗濯もできなくなり、1週間分の洗濯物を抱え、私の住むリバスから首都のマナグアまで、約130qの道のりをバスで3時間揺られ、隊員連絡所に通ったこともありました。また、主要な公共交通機関は、タクシー、バスになります。タクシーにはメーターがなく、乗る前に運転手との交渉次第の値段になり、いかに安く交渉するかがポイントです。また、車両の整備状況、運転手のキャラクターの見極めも大切です。さらにバスは区間により値段は違いますが(当たり前)、リバス〜マナグア間は35コルドバ(急行は所要時間2時間で50コルドバ、1コルドバ≒7円)です。ニカラグアのような発展途上国では、日本の交通常識はなかなか通じません。自分の身は自分で守らなければならないので、タクシー、バス乗車時には、しっかり運転手の動きを観察して、気を引き締めてなければいけません。そう、必死に移動しなければならないのです。

 今回は、ニカラグアに来て体験した日本とのギャップのようなことを報告しました。次回は、私の活動について報告したいと思います。

オメテペ島
任地リバスにあるニカラグア湖に浮かぶオメテペ島、
活火山があります
グアポーテという料理
ニカラグア湖で捕れた魚のフライに独特のソースをかけた
グアポーテという料理
第2回活動報告書
(08/02/25掲載)
      「私の任地リバス県ポトシ市保健センター、要請内容、活動内容・・・?」

 宮城県の皆さん、こんにちは。第2回目の報告書です。前回は、ニカラグアについてのこと、私が実際の生活の中で感じたことなどを報告させていただきました。今回は、私がなぜここニカラグアにいるのか、どんな活動をしているのかなどを報告させていただきます。

 ニカラグアの首都マナグア、そこから南東に約130qに位置するリバス県には保健センターが10施設あり、そのうちの5施設は日本が建設したものです。その中の1つが私の活動先のポトシ市保健センターです。同保健センターは2003年に日本の無償資金援助により建設・内装など施行されました。また、薬剤は、ニカラグアの保健省(Ministerio de Salud)と日本から定期的(2ヶ月毎)に供与されています。そして、なぜここに日本人のボランティアが必要か、つまり要請の内容ですが(ちなみに私はここの2代目の助産師隊員です)、第1に、保健センターが中心になって運営している患者会・健康教育の会に対して現地職員と協力しながら医療に係る様々な助言・指導を行う。第2に、地域巡回を行い、住民の健康問題の相談その他対応にあたる とあり、看護師長に確認したところ、やはり、各会の企画、運営、助言をして欲しいとのことのことでした。さらその為に必要な冊子などを作って欲しいと言われ、具体的には@妊婦と思春期の青少年へ教育的な活動の実行 A「Grupos de Apoyo(母乳の会)」の母乳育児中の母親と妊婦と一緒に教育的な活動の実行 B地域のボランティア(ComunitariosBrigadistas,  Parteras, Colaboradores, Voluntarios)のリーダーと一緒に活動へ参加  C現在、調査・活動中の事項への協力と支持を要請されていました。

 しかし、昨年41日から活動し始め、ようやく人にも仕事にも慣れ始めた8月頃、保健省の意向で、「9月から新しい医療システムをはじめる、その名はEBAEquipo Basica de Atencion」と言われ、説明も準備も不十分なまま、そのシステムは始まってしまいました。大幅な人員配置の変更、業務内容の変更で、日本人の私はともかく、ニカラグア人の同僚たちもてんてこ舞いでした。以前は、1保健センターに、医師4名(しかし常勤ではない)、看護師10名、薬剤師12名、受付12名がいたのに、このEBAでは、1EBAに医師1名、看護師2名・・・この3名で受付、カルテ出し、診療、薬局までしなければならないのです。その上、今まで小児の健診ばかりしていた看護師が、突然、妊婦健診や家族計画指導、生活習慣病の薬の処方や指導などをしなければいけなくなり、それは当然の如くハチャメチャになります。看護師長も異動となり、新看護師長には「あなたには人手の足りないEBAを手伝って欲しい=マンパワーとして働いて欲しい」と言われ、あまりスペイン語が話せない私は、先の要請内容とはかけ離れた、カルテ出し、バイタルサイン測定(体温、脈、血圧など)、身体測定(体重、身長、頭囲など)、採血、注射、薬局で薬を渡す・・・などを毎日毎日行っていました。ポトシ市保健センターは4EBAに分散し、今までの患者を診ることになり、私は2つのEBAを日替わりで手伝いに行き、上記のような活動?労働をしています。そして、地域巡回に同僚と行き、なかなかEBAに来ることのできない患者に対し、受診を勧めたり、保健指導の補助をしたり、自宅でPap(子宮癌検診)をしたり、小児の健診などをしていました。

 上記のような毎日を送っているため、なかなか要請内容のような活動には至らず、日々「何でここにいるんだろう?」とか「別に助産師じゃなくても、私じゃなくてもいいんじゃないか?」と思って過ごしていたため、モチベーションは下がる一方・・・。しかしまもなく1年が過ぎてしまいます。今まではEBAのためマンパワーとして労働していましたが、これからは、そろそろ本来の自分で立てた活動計画に沿って活動していかなければいけません。次回は、この続きです。
プレート
日本によって2003年に建設された証拠
※下の写真の奥の方にあるプレートの拡大版
ポトシ市保健センター
これがポトシ市保健センター、正面玄関(女の子が映ってしまいました)※奥に在るプレートが上の写真
待合スペース
待合スペース、普段は患者さんがいっぱい、一応屋根はあるけど、手前側は壁なし、すぐに中庭になっている。壁には保健省やここのスタッフが作成したポスターなどが貼ってある。
待合スペース
診療室側からみた待合スペースの様子、中庭側の壁がなく開放的。中庭の木が熱帯っぽい。
日本からの物品
日本からの物品がたくさんある(手前の体重計、左奥のほとんど使用していない乳児用の身長計、右奥の棚などなど)
保健センターの同僚たち
保健センターの同僚たち、お昼の休憩中
第3回活動報告書

(08/04/15掲載)

来ニカ1年が経過しやっと…、そして現在の活動」

 宮城県の皆さん、こんにちは。第3回目の報告書です。前回の報告書では、モチベーションは下がる一方などと書いてしまいましたが、その後の私はちょっと変わりましたよ。

 去る2月にいろいろな事(JICAニカラグア事務所で医療関連隊員の意見交換会議、ボランティア調整員の配属先訪問、赴任1年目の中間報告会など)があり、配属先のセンター長や看護師長の理解が得られ、少しずつですが、本来の要請内容の教育的活動を始動することができてきています。現地の言葉(スペイン語)がうまく話せなくても、伝えようとすること、理解してもらう努力を怠らないこと、シツコク何度も自分の意見を言うこと、そしていつもニコニコ、時々キレる(怒る)ことが大切!なのです。

 ポトシ保健センターで1年過ごして思ったことが何点かありました。@患者への指導が個人指導ばかりで時間も限られている A看護師間で持っている知識・技術の差が大きい B患者が健康に関する正しい知識・情報を持っていない C男性が避妊に無関心・非協力的 etc. という事で、手始めに、HIV/AIDSと子宮ガン検診についての聞き取り調査を行い、その中で簡単な指導も一緒に行いました。看護師長には紙式で行ったら?と助言をもらいましたが、この地域は文字の読み書きができない人たちも少なくないので、また1対1で顔を見ながら行うのもなかなか面白いかな?と思い、聞き取り式で行いました。現在その集計中で、今後、同僚や地域の保健ボランティアにプレゼンを行い、意見を聞き、指導内容を考えマニュアルの作成などを行っていく予定です。

 それから、私が赴任してからずっと休止状態だった妊婦教室を復活させることに!…しかし、なかなか妊婦を集める事が困難なので(いつするから来てねって言ってもなかなか来ることができない→遠い、交通手段がない、時間がない、忘れる、約束が守れないなどの理由で)、月1回巡回してやって来る超音波検査(予約制)の日を利用して行いました。廊下が待合所なので、狭いスペースでしたが、看護師長と共に20名くらいの妊婦に対して集団指導を行うことができました。内容は@妊娠期間中の体の変化 A胎児の変化 B子宮と胎児の大きさの変化 C妊娠中の異常症状 D分娩経過 などです。前任者が残していった指導用媒体と、今回私が作成した媒体を使用し行いました。

 私は日本人でスペイン語が上手に話せません。アイディアや知識はあるけど、このような会(妊婦教室など)を行うにあたっては、ボランティアの私、そして同僚、協力してやらなければなりません。この国は個人主義の国なので、なかなか同僚同士で協力し1つのことを運営することをしません。これから、定期的にもっとみんなで患者さんの為にやっていけたらな、と考えています。
妊婦教室用のため妊娠カレンダーを作成しました。
妊婦教室用のため妊娠カレンダーを作成
しました。
妊婦さん達に説明中、みんな一生懸命聞いています。
妊婦さんたちに説明中、みんな一生懸命
聞いています。
同僚も一緒に説明してくれています。
同僚も一緒に説明してくれています。
日本の紹介もしました(四季について、宮城県からのみやぎ県政だよりの表紙を利用させてもらいました)。
日本の紹介もしました(四季について、宮城県からのみやぎ県政だよりの表紙を利用させてもらいました)。
第4回活動報告書
(09/01/06掲載)

           「残り半年?!…実はまたもや変更が!」

 宮城県の皆さん、こんにちは。いよいよ第4回目の報告書です。
 前回、何だか調子が乗ってきた感じになっていましたが…。
 出ました!さすが、ニカラグア!またです、また医療システムの変更!それに伴い、センター長、看護師長を初めとする同僚たち、そして、ボランティアの私も振り回されています。

 
 私の活動は、ニカラグア人の同僚たちの協力がないと成立しない訳で、彼らがイッパイイッパイの状況だと、私は放置されてしまう訳です。という訳で、私は彼らの手が回らないこと、自分一人でできること=@センター内の掲示物(HIV検査をしよう!子宮頸がん検診を受けよう!というような内容のもの)の作成、A妊婦教室の準備、ネタ作り を行っていました。
  今年に入り、困ったことが起こっています。それは、「同僚たちが一同に会することがなくなった」ことです。去年までなら、週1回はセンターに集まり、何だかんだと会議をしていたのに、今年はそれが無い。あったとしても月1回有るか無いか、しかも不定期。私の本来の計画では、その機会を利用して、同僚たちに勉強会というか意見交換会を行いたかったのですが、それができない。困りましたよ。

 私の帰国まで、とっくに1年を切ってしまったわけで、私がいなくなったら彼らだけになるわけです。だから、私の持っている知識、アイディア、技術を少しでも吸収して、自分らのものにして、今後、この地域の住民の健康のために活かして欲しい。…教育的活動が要請の内容だったはずですが、彼らと関わっていると、それよりもマンパワーとして働いて欲しいのではないか?と思ってしまいます。というか、絶対そう!だったら、日本人のボランティアじゃなく、ニカラグア人の看護師を増やせば?と言ったら、「そんな金もないし、人(看護師)もいない」と言われてしまいました。そう言われてしまえば、私は何もできませんね。

 掲示物作成と、妊婦教室のネタ作りの毎日、何人かの同僚に「私のところのpuesto(ポトシ保健センター管轄内の保健ポスト)でも、それ(掲示物)作りたいんだけど、手伝いに来て」とか、「妊婦だけじゃなくて私たちにも勉強会してよ」と言われるようになりました。

 これは、同僚たちの変化です。この機会を見逃す手はありません。ちょっと強引になるかもしれませんが、勉強会やってやりましょうじゃないですか!このちょっとしたやる気が欲しかったのです。私一人が躍起になっても意味がない、同僚たちの好奇心、向上心、これらは日々の私の地味な活動が呼び起こしたのだと信じています。あと、半年やれるだけ、続けられるだけやっていきますよ!!次号はいよいよまとめの最終号です。

 定例の妊婦教室の1コマ(例によって超音 波検査の待合中)、熱く説明中の同僚 センター内のHIVAIDSの掲示物(事前の聞き取り調査から内容を選定)

 妊娠カレンダー(胎児の図付き)を診療室に貼り、健診時の指導に活用
第5回活動報告書
(09/03/掲載)

           「任期満了!無事、日本に帰ります。」

宮城県の皆さん、こんにちは。いよいよ第5回目、最後の報告書です。
 この報告書を作成している(2月20日)現在、ポトシ保健センターでの活動を全て終え、同僚たちや地域の住民たちともお別れしてきて、少し寂しいような、満足したようなそうでないような微妙な気持ちです。そして、23日晴れて日本に向け出発です。
 私はこの2年間『女性たちが健康について正しい知識を持ち正しい行動を実施できるよう普及を図る』という目標の下、活動してきました。具体的には、@月1回巡回してくる超音波検査の日を利用した妊婦教室の運営、定例化。Aセンター内外の掲示物の作成、充実。B指導用媒体の作成。C同僚たちへ日々助言。などなど。
 @については、前任者が残していった指導用の媒体が活用されていなかったので、その活用方法や妊婦教室の必要性などを同僚たちに伝え、理解してもらえたと思います。今後も継続していくことを期待しますが、継続できるかは、はっきり言って彼らの『やる気』次第だと感じます。ABについては、私自身が沢山作成しました(作り過ぎ?)が、今後は、彼らが、私の作成したものを参考にしたり、彼らなりのアレンジを加え、作り続けて欲しいと思います。
 この2年間で、私が行ったこと、彼らに与えた影響、残した記憶などはとても少ないと思います。自分の助産師としての微力さを痛感した2年間でもありました。しかし、彼らの中に、『キヨミという日本人がこんな事を言っていたなぁ、やっていたなぁ。』と少しでも残っていたら、そして、それが何らかの形で、この先何年後かに役に立ってくれたら『良し』としたいと思います。
 ここ数日、もう私が日本に帰るということを聞きつけた住民たちが、「日本に帰らないで。ここが嫌いなの?ずっとここにいてよ。」と社交辞令(あるのか?ニカラグアに?)を言ってくれます。ありがたいことです。少なくても、住民たちに嫌われていなかったようです。同じような事を同僚たちも言います。「日本に行かないで、ずっとここに居てよ。」的なことを。できたら、もっとここに居て、彼らの今後を見ていたい気もしますが、私がいたら私に頼り、自分たちで何とかするということをしない気がします。だから、何年後かにまた戻って来て、彼らがどんな変化や成長を遂げているか見てみたいと思います。←これは本心
 そして、反省です。前回の報告書に『同僚たちへの勉強会』を意気込んでいましたが、これは結局できずじまいです。私の力不足、タイミングを見計ることができず、残念。しかし、私が主催しなくても、同僚たちで実施していたから良いんです。
という訳で、Viva! Potosi! Gracias!! です。

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