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平成17年3月1日更新 / 広報課

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みやぎ古道点景

第10回

英君の功績を映す江戸浜街道 亘理町界隈

称名寺の「シイノキ」 称名寺の「シイノキ」
(国指定天然記念物)
推定樹齢700年

江戸浜街道は、奥州街道と並ぶ重要な街道である。
かつて亘理の地を治めた代々の藩主が
いずれも藩主の信頼厚い重臣であったことも、それを物語る。
道沿いの遺跡が、路傍の石碑が、
そして700年もの年月を長らえた老樹が、
この街道の来し方行く末を、今も静かに見守っている。


宿場の面影を残す街並み

<写真3>
宿場の面影を残す街並み[亘理町上町]
江戸浜街道の宿場は県内に3か所。北から亘理、山下、坂元と続いた。

 江戸浜街道は、仙台を起点とし岩沼で奥州街道から東に分かれ、亘理、山下(山元町)、坂元(山元町)を経て、水戸から江戸に通じる街道である。現在の国道6号が、ほぼそれに当たると考えて良い。

江戸浜街道

 亘理には、平安時代の陸奥国亘理郡の役所跡「三十三間堂官衙かんが遺跡」があり、この地が古代から開けていたことを物語る。

 この亘理を治めた歴代の領主の中で、片倉小十郎景綱かげつな※1と伊達成実しげざねは、伊達政宗が信頼する重臣であった。中でも伊達成実は、現在の亘理の基礎を築き、この街道を整備した名君として名を残している。

 成実は慶長7(1602)年に亘理城(亘理要害)に入城すると、まず街道沿いに町割を行った。町検断※2を置き、亘理は宿駅の体を成した。こうして江戸浜街道は本格的に機能するようになり、城下も栄えていったのである。

 亘理の町の中心部を散策すれば、古くからの商家の構えなどに、今なお城下町の風情を垣間見ることができる。

※1 片倉小十郎景綱…政宗が幼少のころからの家臣。亘理の後、白石に移され一城の主となった。
※2 町検断…仙台藩の町役人。宿駅では交通秩序をはじめ、管理全般を担った。


亘理城(亘理要害)跡

<写真1>
亘理城(亘理要害)跡[亘理町]
亘理伊達家代々の居城。別名「臥牛城」。現在では伊達成実を祀った亘理神社が建っている。


亘理伊達家の御廟所

<写真2>
大雄寺(だいおうじ)にある、亘理伊達家の御廟所
大雄寺は伊達成実を初代とする亘理伊達家13代の領主と夫人の菩提寺。


三十三間堂官衙遺跡
三十三間堂官衙遺跡

<写真5>
三十三間堂官衙(かんが)遺跡
国指定史跡。昨年の発掘時の様子。
現在は保存のため埋め戻されている。


悠里館

<写真4>
悠里館(ゆうりかん)

郷土資料館と図書館を併設したお城のような建物。伊達成実を初代とする亘理伊達家のコーナーや町の歴史が展示されている。

郷土資料館  TEL 0223-34-8701
開館時間/
午前9時〜午後4時30分 (入館は午後4時まで)
休館日/
毎週月曜日、祝日(月曜日の場合はその翌日)、毎月最終金曜日、年末年始ほか
常設展示観覧料/一般200円・高校生100円・小中学生50円


地図

アクセス
亘理町まで
仙台から
車で国道4号および6号経由で約50分
JR常磐線で約30分

お問い合わせ

亘理町教育委員会社会教育課
TEL 0223-34-0510

監修◎高倉 淳氏【宮城歴史教育研究会会長】


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