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ページの先頭へジャンプここから本文です平成23年12月6日更新/ 教育委員会 / 文化財保護課

発掘調査現地説明会開催情報

 文化財保護課及び多賀城跡調査研究所が調査あるいは調査協力を行っている下記遺跡において、調査成果がまとまりましたので県民の皆様に公開し、現地で説明会を開催いたします。


内手遺跡現地説明会

◆日時:平成23年12月11日(日)午前10時30分から(小雨決行)
◆会場:内手遺跡」発掘調査現場
     :亘理郡山元町浅生原(別添地図参照)
※※会場近くに駐車スペースが多少ありますが、限りがありますので、なるべく乗り合わせてお越しください。民地には駐車しないでください。 ◆説明者:文化財保護課職員
◆問い合わせ先:
 ★宮城県教育庁文化財保護課埋蔵文化財第一班 天野順陽 電話022−211−3684
 ★内手遺跡発掘調査現場 初鹿野博之 携帯電話090-8252-3645
◆調査の概要:
 (1)調査の理由
   山元町では常磐自動車道の山元インター以南の建設工事が進められております。計画路線内には30以上の遺跡が確認されており、平成22年度から宮城県教育委員会と山元町教育委員会が分担して遺跡の発掘調査を実施しています。内手遺跡の調査は、平成23年9月から宮城県文化財保護課が行っております。
(2)調査結果
 奈良から平安時代頃の炭窯跡8基を発見しました。このうち7基が「地下式窖窯跡(ちかしきあながま)」、1基は「横口式木炭窯跡」と呼ばれる炭窯跡です。「横口式木炭窯跡」は、県内では利府町硯沢窯跡に続き、2例目の発見となります。
 窯跡の年代は、出土遺物や利府町硯沢窯跡や福島県南相馬市横大道遺跡で発見された「横口式木炭窯」の年代観から、おおよそ奈良から平安時代頃と推定しています。
 また、常磐道の路線外になりますが、今回発見した窯跡の約100m東側には、多量の鉄クズが確認できる地点があることから、内手遺跡は製鉄に関連する遺跡であり、今回炭窯跡を確認した丘陵付近は、製鉄の際に使用する木炭を生産した区域と考えられます。
(3)今後の予定
 内手遺跡の4〜5km南の坂元地区には、製鉄遺跡とみられる影倉B〜E遺跡が位置することから、山元町南部から福島県北部にかけては、奈良時代から平安時代頃、製鉄が盛んに行われた地域と推定しております。当課では、今後、影倉B〜E遺跡など常磐道関連遺跡の発掘調査を進めていく予定で、調査成果は、順次、公開いたします。

須江瓦山A窯跡現地説明会

◆日時:平成23年10月22日(土)午前10時30分から(小雨決行)
◆会場:須江瓦山A窯跡発掘調査現場
     石巻市須江字瓦山地内 石巻変電所隣接地(地図参照)BR> ※※会場近くに駐車スペースが多少ありますが、限りがありますので、なるべく乗り合わせてお越しください。民地には駐車しないでください(会場位置図(グーグルマップ))
◆説明者:文化財保護課職員
◆問い合わせ先:
 ★宮城県教育庁文化財保護課埋蔵文化財第二班 高橋栄一 電話022−211−3685
 ★須江瓦山A窯跡発掘調査現場 小野章太郎 携帯電話090-7567-0792
◆調査の概要:
 須江瓦山A窯跡は奈良・平安時代の窯跡として知られていましたが、今回の調査で新たに、鎌倉時代と江戸時代頃の屋敷跡(掘立柱建物跡)や、井戸跡などを発見しました。出土した遺物には,この頃に使用された甕やすり鉢(陶器)、皿(磁器)などがあります。これらの多くは地元でつくられたものですが、中には、愛知県や中国で生産された貴重なものも見られます。また、江戸時代末期〜明治時代頃に、この遺跡で屋根瓦がつくられた痕跡を発見しました。当時の瓦窯の一部や、屋根瓦や窯の壁材が大量に捨てられた様子を見ることができます。

団子山西遺跡現地説明会

◆日時:平成23年10月15日(土) 午後2時から(小雨決行)
◆会場:団子山西遺跡発掘調査現場
     大崎市田尻小松・大嶺(別紙地図参照)
*※会場近くに駐車スペースが多少ありますが、限りがありますので、なるべく乗り合わせてお越しください。民地には駐車しないでください。(会場位置図(グーグルマップ))
◆説明者:文化財保護課職員
◆問い合わせ先:
 ★宮城県教育庁文化財保護課埋蔵文化財第二班 高橋栄一 電話022−211−3685
 ★団子山西遺跡発掘現場 村上裕次 携帯電話 090-8252-3644
◆調査の概要:
 大崎市田尻西部地区では、大規模なほ場整備事業が進められております。この地区には、北小松遺跡や新田柵跡など多くの遺跡が確認されており、平成19年度から宮城県教育委員会が遺跡の発掘調査を実施しています。
 団子山西遺跡は平成23年5月から発掘調査を行っている遺跡で、調査の結果、奈良・平安時代と鎌倉時代の遺構や遺物を発見しました。
【奈良・平安時代】
 溝跡や土坑、畑跡、河川跡が見つかりました。溝跡には2条が平行するものもあり、道路跡の可能性があります。溝跡や河川跡からは当時使われていた多くの土器が出土しました。この中には、墨書された土器も多数あります。
 今回発見した遺構と遺物は、遺跡の北側に隣接する奈良時代の役所跡である新田柵跡との関連が想定されます。今後の継続的な調査により、新田柵跡を考える上で多くの手がかりが得られると思われます。
【鎌倉時代】
 溝跡、井戸跡、土坑、多くの柱穴が見つかりました。これらの遺構を中心に、陶器や磁器、漆器、木製品(皿、曲物の底板)、竹製品(籠)、石製品(砥石)、銅銭など多くの種類の遺物が出土しました。愛知県産の陶器や中国産の磁器といった貴重なものも見られます。

西石山原遺跡発掘調査現地説明会

◆日時:平成23年8月27日(土) 午前10時30分から
◆会場:西石山原遺跡発掘調査現場
     亘理郡山元町高瀬字西石山原(別紙地図参照)
*会場近くに駐車スペースが多少ありますが、限りがありますので、なるべく乗り合わせてお越しください。民地には駐車しないでください。(会場位置図(pdfファイル))
◆説明者:文化財保護課職員
◆問い合わせ先:
 ★宮城県教育庁文化財保護課埋蔵文化財第一班 天野順陽 電話022−211−3684
 ★西石山原遺跡発掘現場 初鹿野博之 携帯電話090−8252−3645
◆調査の概要:
 山元町では常磐自動車道の山元IC以南の建設工事が進められております。計画路線内には30以上の遺跡が確認されており、平成22年度から宮城県教育委員会と山元町教育委員会が分担して遺跡の発掘調査を実施しています。
 西石山原遺跡は宮城県教育委員会が平成22年9月から発掘調査を行っている遺跡で、調査の結果、縄文時代と平安時代の集落跡を発見しました。
【縄文時代】
 中期の終わりころ(約4,500年前)の竪穴住居跡や掘立柱建物跡、食料を貯蔵した穴などが多数見つかっています。竪穴住居跡には「複式炉」と呼ばれる特徴的な炉が設けられています。複式炉をもつ竪穴住居跡は山元町内では初めての発見となります。また、食料を貯蔵した穴は入り口が狭く、底部が広いフラスコ状を呈するもので、複式炉同様、この時期に特徴的に認められるものです。このほか、約6000〜8000年前と推定される縄文早期〜前期ころの土器も出土しており、近隣に居住域があったことが推定されます。
 宮城県の沿岸南部では縄文時代の集落跡の調査例が少ないため、今回の調査結果は貴重な成果といえます。
【平安時代】
 9世紀後半ころの竪穴住居跡を1軒発見しました。住居跡からは土師器・須恵器のほか、塩を作るための薄く作られた土器も出土しており、当時の生活を知る上で貴重な資料を得ることができました。
 今後、常磐自動車道関連遺跡の発掘調査が進み、山元町から福島県境の遺跡の内容が次第に明らかになると思われます。調査成果については順次公開していく予定です。

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